親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「赤ちゃんポスト」が、日本にひとつだけある。熊本市の慈恵病院が設置した「こうのとりのゆりかご」だ。この運営をめぐり、病院と専門家らが真っ向から対立する事態になっている。一体、何が問題となっているのか。ノンフィクションライターの三宅玲子さんが取材した――。(第4回)
「こうのとりのゆりかご」を運営する慈恵病院の蓮田健院長
筆者撮影
「こうのとりのゆりかご」を運営する慈恵病院の蓮田健院長

赤ちゃんポストに預けるには匿名? 実名?

2007年5月、熊本市に「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト、以下ゆりかご)が誕生してから17年がたった。望まない妊娠をし、親や周囲に相談できない、の反対や経済的問題で自分では育てられない、といった事情を持つ人が身元を明かさずに赤ちゃんを預けることができるとされる。これまで預けられた子どもは179人に上る。

このゆりかごを運営する医師の蓮田健氏(熊本市・医療法人聖粒会慈恵病院院長)がいま、猛反発している。ゆりかごの運用について3年ごとに検証している熊本市の専門部会が6月5日、報告書を公表し、「匿名での受け入れは容認できない」「社会調査を徹底するべき」と指摘したからだ。

報告書公表から2週間後の6月19日、蓮田氏は公開質問状を検証部会と大西一史熊本市長宛に別々に提出した。

病院は熊本市とたびたび対立してきた

先に背景をおさらいしておこう。慈恵病院では、2000年代に相次いで起こった嬰児遺棄事件を問題視。ドイツの赤ちゃんポストである「ベビークラッペ」を参考に、2006年、ゆりかごの運営のための病院改築許可を熊本市に求めた。

しかし、前例のない事態に熊本市は対応に苦慮した。国側は、伝統的家族観に反するとして、安倍晋三首相(当時)をはじめ、政権幹部が相次いで不快感を表明した。最終的には、厚労省と法務省は「違法性はない」と消極的に容認し、幸山政史市長(当時)が許可に踏み切ったという経緯がある。

その後も、預け入れた親の身元を探すために社会調査を実施する熊本市の児童相談所と、匿名性を譲らない病院との間で対立が続いてきた。そんな中、同院では母子の生命の安全と出自を知る権利を担保するため、病院の担当者にのみ身元を明かす「内密出産」の受け入れを始めた。2年半の運用で、29人に上る(うち、出産後に内密を撤回した人は12人)。

なぜ慈恵病院は「匿名」にこだわるのか。公開質問状を提出した直後の蓮田氏に、熊本市西区の慈恵病院で話を聞いた。