「自分で育てる」と決めても悲劇は起きる

そもそも、事件被疑者に関して警察が公表した事実は全て報道されています。本件でもゆりかごへの預け入れはいずれ裁判で明らかになったでしょう。それを私たちが女性の逮捕直後に公表したのは2つの理由からです。

女性がゆりかごに預け入れるまでに孤立していたことを先んじて伝えることで、裁判時の情状酌量につなげるため。そして、ゆりかごに預け入れたあとに自分で育てる選択をした人たちにも、このような虐待死に至らしめる可能性がある、それほどにゆりかごに預け入れた女性たちは養育困難下にあることを周知するためです。

インタビューを受ける蓮田院長
筆者撮影
インタビューを受ける蓮田院長

――この女性には上にも2人のお子さんがいます。お子さんたちのプライバシーを侵害するという意見があります。

考えてみてください。すでに女性は殺人を犯した人として社会に知れ渡っているんですよ。殺人者となってしまった母親が、ゆりかごに預け入れるほどに周囲から孤立していたことを知らせることは、お子さんたちにとっても重要な情報です。

「子どもたちの今」は分からないまま

――熊本市こども局長と三重県の子ども福祉・虐待対策課長の両者が、慈恵病院の公表に不快感を示しました。

それは、ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんが、親に引き取られたあとに虐待死した事実が明らかになることが、彼らにとって不都合だからです。ゆりかごに預け入れた女性が自分で育てることになったケースは32例あります。特に熊本市に対しては、32人のお子さんと女性が安心な環境で生活できているか、追跡調査をしてほしいと私は再三提案をしてきましたが、無視されてきました。

過去にはゆりかごに預け入れたあとに引き取った母親が赤ちゃんとともに心中した事件が起きましたが、これについて熊本市は触れようとしません。自分たちが、追跡調査をしなかった責任を問われることを恐れているのではないでしょうか。

ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんが親のもとで育つことになったというと、大抵の人は「よかったね」といいます。私たちも以前はそうでした。

しかし、2020年から取り組んでいる内密出産でも、出産後に内密を撤回して自分で育てる選択をした人たちは、その多くが周囲の支援が全く足りておらず、非常に苦しんでいます。ゆりかごや内密出産を選択した人たちが自分で育てることになっても、その後、行政は支援できていないのです。