「親を探す国」は日本以外にない

首相発言に呼応するように閣僚が相次いで反対し、厚労省も態度を硬化。最後は幸山市長が独自に判断し、ゆりかご設置のための病院改築申請に許可を出した。

だが、冒頭で記したように、熊本市はゆりかごの設置を許可するが、「匿名性」を認めない立場をとった。

いわゆる赤ちゃんポストに関する各国の動きを見ると、預け入れた親を探すというやり方をとった国は日本以外にはない。蓮田太二氏が参考にしたドイツでは最大で100カ所を超す「ベビークラッペ」が設置されたが、その後、子どもの出自を知る権利をめぐって国をあげた議論が沸き起こり、2014年、内密出産法の制定に至っている。

アメリカでは1999年に「SAFE HAVEN法」が施行され、全50州で警察や消防署に赤ちゃんを預け入れることができる。日本の隣国、韓国では教会などによるベビーボックスが3カ所あり、さらに2024年7月、内密出産法が施行された。

そのほか、さまざまな国で民間団体によるベビーボックス設置の動きがあり、賛否は分かれている。だが、最初に仕組みがつくられてから長年にわたり1カ所にとどまっているのも、日本だけに見られることだ。

慈恵病院に設置された「こうのとりのゆりかご」
筆者撮影
慈恵病院に設置された「こうのとりのゆりかご」。「お父さんへ、お母さんへ」と書かれた手紙を取って引き戸を開けると、ベビーベッドが現れる

殺害・遺棄される赤ちゃんを減らす取り組み

一方で、政府が孤立出産嬰児遺棄事件を無視していたかというと、そうではない。内閣府はゆりかごが発足するより早い2003年に子どもの虐待をめぐる検証委員会を発足し、生後ゼロ日での死亡事例についても調査を開始。孤立出産をめぐる母子の状況の把握に動き出している。

数字は2003年から2021年まで毎年更新されてきた。同調査によると出産当日に殺害・遺棄された赤ちゃんの数は17年間で165人、母親は全員が孤立出産していた。

また、ゆりかご設置から2年遅れて2009年、厚生労働省は「特定妊婦」を定めた。児童福祉法において「出産後の養育について出産前において支援を行うことが特に必要と認められる妊婦」と定義。特定妊婦として支援につながり病院での孤立出産を未然に防いだケースは、2023年の厚労省の発表では8000人を超える。

このような取り組みを見ると、ゆりかご設置の動きは、戸籍法との兼ね合いが大きな壁であるものの、必ずしも国のベクトルから逸れていたわけではなかったという仮説は成り立つ。厚労省が2007年、熊本市長からのゆりかごに関する照会に対して必ずしも全否定の姿勢を見せなかったのは、孤立出産と嬰児殺害・遺棄事件の関わりを把握していたためだったとも推測できる。