女性が赤ちゃんを預ける深すぎる事情

ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんの権利が大切であることは言うまでもない。その子どもの権利を前にすると、ゆりかごをめぐる議論はたちまち停滞する。だが、時系列で考えれば、問題にすべきは「なぜ女性はゆりかごに預け入れるほどに切迫した状態だったのか」だろう。

一般に、予期せぬ妊娠をしたとしても、多くの場合はパートナーと話し合って次の選択に進むことになる。それができず、さらに、孤立出産に突き進むほかなかった女性の置かれた状況は正常ではない。自傷行為の側面を強くはらむ孤立出産や、社会資源の活用を考えられないほど孤立した母親の状況について、ジェンダーの立場から、精神医学、臨床心理、法学、社会学など、横断的に分析されなくてはならなかった。

行政は法令遵守を旨とする。熊本市は児童福祉法に則り社会調査を実施する立場を固定した。他方、検証部会設置の目的のひとつに「ゆりかごをめぐる社会的な課題(を明らかにすること)」とある。社会的課題を明らかにするには、自治体とは異なる視点からの検証が行われなくてはならない。それを行わないまま、半ば形骸化した検証報告書が公表された、それが今回問題となった第6回検証報告書だったということになる。

なぜか見逃されている「男性の責任」

検証にジェンダーの視点が反映されてこなかったことは、社会のゆりかごへの理解のスピードを遅らせることにつながった。予期せぬ妊娠で孤立する女性の存在が社会構造の問題をはらんでいることを広く社会が共有できなかったからだ。

筆者はこれまでに予期せぬ妊娠の結果、孤立出産しゆりかごに預け入れた女性、殺害遺棄した女性、内密出産した女性など、複数の当事者に取材しているが、彼女たちの背景には、その母親の家庭内での抑圧、その余波としての母親からの虐待被害、本人の発達症の特性や境界知能を周囲に気づかれなかったことなど、複数の要因が複雑に絡み合っていた。

なお、検証報告書は第1回から一貫して男性の責任についても言及しているが、それも社会で共有されていない。検証は生かされてこなかったというほかない。

このことは、ゆりかごに預け入れられた赤ちゃんが、社会調査によって親元の児相に措置移管されたあとの母子の支援体制にも影響した恐れがある。