「第2の赤ちゃんポスト」はなかなか誕生せず
だが、安倍首相(当時)の意見表明は、その後も影響を残し続ける。
2016年には関西の医療者グループが「ゆりかごin関西」を設置しようと活動したが、神戸市から示された「24時間医師が対応できる環境」という条件をクリアできず、設置を断念した。
2022年には北海道で個人の活動家が赤ちゃんポストを開設し、すでに赤ちゃんの受け入れを行っているが、北海道庁は安全管理に問題があるとして、運営中止の要請を継続して行っている。
熊本市にゆりかごができてから、熊本県・熊本市は運用をチェックする専門家組織をつくり、3年ごとに検証報告書を発表してきた。2009年に発表された第1回検証報告書(「『こうのとりのゆりかご』が問いかけるもの~こうのとりのゆりかご検証会議・最終報告~」)を見てみると、当時、ゆりかごと同様の仕組みが全国に広がる可能性を踏まえ、国の関与の必要性を指摘していた。
しかし、国はゆりかごに積極的な関わりを持たないまま17年が経過した。国を動かす政治家が現れなかったからだ。それは政治家へ要望する民意がなかった、つまり私たちがゆりかごを自分たちの問題として受け止めてこなかったことの表れでもある。この残念な事実は、検証報告書のあり方にも見てとれる。
預け入れた女性たちへの冷たすぎる視線
ゆりかごには、赤ちゃんと預け入れた女性という2人の当事者がいる。そして女性に対し、検証報告書は批判を貫いてきた。
その方向性を決めたのは第1回検証報告書だった。預け入れた人の中に教育職や福祉専門職がいたことを「犯罪に問われないための自己中心的な預け入れ」と解釈し、ゆりかごという装置が倫理観の欠如を誘発する、また、戸籍に入れたくないという理由による預け入れが無責任だという指摘をしている。
そしてゆりかごをあくまで「緊急避難的な装置」と位置づけた。なお、預け入れた170人のうち、47人が事後に連絡をしてきている事実は、この解釈が適切だった側面を指し示すものでもある。だがそれは、予期せぬ妊娠をした女性や育児の困難に直面する人たちの孤立の深さの表れと見ることもできる。
第2回以降、「安易な預け入れ」という評価項目が最新の第6回まで継続して設けられている。だが、予期せぬ妊娠という不可逆状況に追い込まれた一人の個人の苦しみに対し、正しい側から指摘をすることをもって合理的な検証ということはできないだろう。