7月3日、日本銀行が発行する紙幣が切り替わる。新紙幣に描かれる肖像は1000円札が北里柴三郎、5000円札が津田梅子、1万円札が「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一だ。ジャーナリストの田中幾太郎さんは「慶應OBOGの中には『1万円札を替えるな』『1万円札は永遠に福澤先生で』と真剣に訴える層が少なくない」という――。

「1万円札を替えるな」の大合唱

「今年の夏は厳しいかも」と浮かない表情なのは慶應義塾大学の文系教授。昨年「夏の甲子園」で107年ぶりの優勝を果たした慶應義塾高校(通称「塾高」)だが、4月28日、春季神奈川県大会の準々決勝で横浜高校に4対9で敗れ、夏の県大会の第1シードを逃してしまった。

「昨年はスケジュールがとれず、テレビ観戦。わが母校の塾高が県大会を突破できれば、今年こそは甲子園に行くつもりですが、勢いはそれほど感じられない。県大会の第2シードの権利は得ているので、まだ希望を捨てたわけではありませんが、とにかく昨年が凄すぎました」(同教授)

際立っていたのはチームだけではない。応援でも相手を圧倒していた。決勝戦の相手は仙台育英学園高校。5回表2死二、三塁の場面だった。丸田湊斗選手(現慶應義塾大学法学部1年)の打球は左中間に飛んだ。中堅手と左翼手が交錯し落球。甲子園を揺るがす慶應の大声援が選手同士の声を掻き消し、エラーを誘発したのである。試合を決定づける2点が入った。

アルプス席、内野、外野を埋め尽くした慶應の応援団を取りまとめたのは関西合同三田会。日本最強の結束を誇る慶應の同窓会「三田会」の地域別組織だ。応援の動員だけでなく、資金集めでも塾高野球部を全面的にバックアップした。

この三田会軍団から繰り出される応援は、スポーツ紙の大阪本社記者が「阪神タイガースの試合でも見たことがないえげつない一体感」と舌を巻くほど。一球ごとに神宮球場での東京六大学野球・早慶戦(慶應側は慶早戦と呼ぶ)の定番応援歌「ダッシュKEIO」が甲子園に鳴り響いた。

「育英を倒せ、育英を倒せ、育英を倒せ、かっ飛ばすぞ、かっ飛ばすぞ、勝つぞ勝つぞ慶應……」との声援の合い間に、野球とはまったく無関係のシュプレヒコールも起こっていた。

「1万円札を替えるな」

そんな声がどこからともなく巻き起こり、大合唱となっていった。1万円札を「福澤諭吉先生のままにしろ」というのである。

10000円紙幣の福澤諭吉
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