サントスのこの問題はブラジル国内では古くから知られている。2023年9月、サントス市インフラ・建物局が、市内に傾いた建物が合計319棟あると発表したことで、改めてこの問題に注目が集まった。
傾きの原因は「土壌と不十分な基礎工事」
「かつての情報から100棟程度だと思っていましたが、300以上あるとは!」
サンパウロ市で土木事務所「マフェイ土木工業」を経営するカルロス・マフェイ氏(82)は驚く。
マフェイ土木工業はサントスでマンションの傾き修正工事を手掛けた業者だ。当時築33年だったマンション「ヌンシオ・マルゾーニ」を約1年2カ月の工期で修復した実績を持つ。この修復は、ブラジル初の傾き修正工事として注目された。
傾きの問題はサントスの土壌にある。地表から約7メートルは砂地だが、その下は30〜40メートルまで柔らかい粘土層となっており、本来なら50メートル以上の基礎杭を打つ必要があった。ところが建設ラッシュの当時、地質の調査が適正に行われなかったために、マンションのほとんどは、基礎杭が地下4~5メートル程度しか打たれなかったのだ。
修復工事をしたのはわずか1棟だけ
マフェイ土木工業にとって初めての傾き修正工事は、他社による傾き抑制工事の失敗を経験したヌンシオ・マルゾーニの管理人から依頼されて行われたものだった。
「1フロア1世帯のマンションで住民が全16世帯と少ないながらも、彼らの意見をまとめ、各世帯から約9万レアル(現在のレートで約270万円)の工事費を徴収できた管理人の力量によって工事ができたんです」とマフェイ氏は裏話を語ってくれた。
ブラジルでは完成から5年以内に起きた構造上の問題は建設会社が補償するが、以後の修繕は住民と管理者に委ねられている。古いマンションの傾きに対する賠償金は一切ない。
電気、ガス、上下水道等を長時間止めずに、住民に“普通の生活”を送ってもらいながら行われたブラジル初の傾き修正工事は、土木における成功事例として学会で取り上げられることも少なくない。
しかし、サントスでこれまでに傾き修正工事が行われたのはこのマンションだけだった。
なぜほかのマンションは傾きを直さないのか。
そこには金銭的負担の大きさに加えて、住民たちのメンタリティも影響しているようだ。