稼ぐ妻を持ち、主夫として生活する男性は世間の目を気にすることはないのだろうか。駐在員の夫「駐夫」の経験があるジャーナリストの小西一禎さんは「取材したある主夫は、『仕事はどうしているのかと周りに言われたり、思われたりしているんじゃないかと、視線が気になって仕方がなかった』と語った」という――。

※本稿は、小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

生気を失い議員秘書を辞めた夫

「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」として、渡辺さん夫妻(五〇代前半)にインタビューを試みた。

「もう、すべて投げ出したい。俺はもうダメだ。死にたい」

小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)
小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)

ある日の夜、夫の異変に気付いた妻は翌朝、病院の精神科に連れて行った。生気を失った夫に対し医師が下した診断は、深刻な適応障害だった。有無を言わさず、即緊急入院が決まり、まるで「独房」のような空間に押し込められ、三日間ほど強い薬を飲まされた。危険な状態がその後も続き、入院生活は約一カ月に及んだ。

退院後、妻をはじめ周囲と話し合った結果、「仕事をするのは当然無理だ」と判断し、ひっそりと議員秘書の仕事から離れた。選挙による民意の結果、市議に当選した妻を辞めさせるわけにはいかない。政治の現場を知る渡辺さん(五〇代前半)は、その選択肢は検討すらしなかった。妻のキャリアを優先する形で、渡辺さんが主夫になり、妻の政治活動を傍らで支える道を選んだ。

渡辺さんが、離職を余儀なくされ、家事育児を全面的に担う主夫になるきっかけとなった適応障害の発症は突然訪れた。「いきなり、パーンとはじけた感じ」(渡辺さん)と振り返るように、周りはまったく気付かなかった。

ベッドで思い悩む男
写真=iStock.com/Tzido
※写真はイメージです

活躍する妻と落選した夫

入院の前年、渡辺さんは初挑戦の選挙だった県議選で落選した。同じ年、市議二期目の当選を果たした妻は活躍を続け、連日忙しく走り回っていた。

渡辺さんは、落選から数カ月後、参院議員秘書となったが、議員の要求に的確に応えられず、叱責しっせきや罵倒を繰り返された。人間同士、折り合いの悪さもあった。落選し、秘書の仕事がうまくいかないという負の流れが続いていたなかで、異変に見舞われるのは、時間の問題だったのかもしれない。

もう、抱えきれなくなったって言うのかな。忙しい妻に代わって、子どもたちをちゃんと見なきゃいけないのに、見られていない。仕事もやらなきゃいけないのに、求められていることに、レスポンスができていない苦しさもありました。子育ては、義母や義父に頼っていたんですが、そことの折り合いも悪かったんです。妻は仕事をすごく頑張っていました。一方の私は、何というか、自分にどんどん負荷をかけながら、一人で負担を感じていたのは事実ですね。