※本稿は、小西一禎『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
夫の転勤に妻が帯同するのは当然なのか
男女雇用機会均等法には、施行当初、仕事と家庭を両立させるという視座が盛り込まれていなかった。つまり、男性と女性それぞれの機会を均等にすることによって、女性差別をなくすことが目的であり、仕事と家庭の両立を求める内容は盛り込まれていなかった。
家事と育児を主に女性が担うのであれば、女性が仕事と家庭を両立させるのは、どうしても困難になる。とりわけ共働き家庭において、こうした性別役割がなされていると、主な働き手は男性=夫となり、妻が夫と同様に活躍するのは妨げられる(川口二〇一一)。そのため、女性が家庭と仕事の両立に取り組めるように、男女雇用機会均等法は改正を繰り返し、女性を差別的に扱うことを禁じる文言が盛り込まれたりしてきた。
転勤についても従来、仕事と家庭の両立は考えられていなかった。企業は命令同然の形で転勤を要請しており、社員側の延期願いや拒否の声には耳を貸すことなく、家族の事情もほとんど顧みられなかった(三善二〇〇八)。夫の転勤に妻が帯同するのが当然とみなされてきたのだ。近年では、そうした認識が以前よりも少なくなった(高丸二〇一七)とはいえ、男性優位が指摘される日本的雇用慣行は、女性のキャリアにも影を落としている。
帰国後のキャリア再設計は厳しい
ここからは、転勤にともなう女性のキャリア中断の実態を見ていきたい。
二〇一四年に法律を施行した政府に続き、大企業を中心に相次いで導入が進んだ配偶者同行休職制度は、女性の離職を防ぐことを目指していた。ただ、休職とはいえ、ひとたび駐妻となれば、キャリアが中断されることに変わりはなく、帰国後にキャリアを回復できるかどうかが問題となっている。
海外転勤と国内転勤との大きな違いは、言うまでもなく生活拠点が国外に移るという点だ。あらゆる環境が激変するなかで、夫を支えることに全力を注ぐことが周囲から求められるため、自らが現地で就労するのは厳しいという現実が浮かび上がる(三善二〇〇四)。
現地生活を終え、日本に帰国した後にキャリアを構築するにあたって、離職中に現地で身に付けた語学力や高度な専門性を生かし、働き方を工夫すれば継続就業は可能だという指摘がなされてきた。ただ、実際には帰国後一年以上一〇年未満の女性のうち、有職者率は約四割に過ぎない上、正社員は一割程度にとどまっていた(三善二〇〇九)。キャリアを再び設計しようとしても、正社員で再就職することがいかに厳しいかという現実が分かるだろう。パートや契約社員など非正規労働での就労が大半を占めていることがうかがえる。
日本帰国後の「逆カルチャーショック」も指摘される。長期の海外生活によって、どんな人でも固有のストレスや不快感、身体上の問題を経験し、日本帰国後は逆カルチャーショックに見舞われ、違和感や疎外感を抱くことになる。日本での生活に再適応してみたものの、たとえ帰国時に三〇代、四〇代だった高学歴の女性であっても、企業が設定する年齢制限に縛られ、正社員ではなくパートの仕事に就く人が多い(伊佐二〇〇〇)。