ライブハウス「ロフト」創設者の平野悠さんは2021年、77歳の時に仕事を引退。入居金6000万円を払って千葉県鴨川市の高級老人ホームに移った。だが、2年後にはそこを退去し、現在は東京に戻っている。いったい何があったのか。平野さんに聞いた――。(後編/全2回)(インタビュー・構成=ライター 山川徹)
日本の鴨川市の景観
写真=iStock.com/show999
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高台にタワマンのようにそびえたつ22階建ての老人ホーム

前編はこちら)

――引退はいつ決めたんですか?

【平野】新型コロナが広がった2020年です。コロナ禍ではライブが制限されて、毎月1000万円単位の赤字が出て最終的には2億円以上を借金した。それが、憂鬱ゆううつで、憂鬱で……。

しかも、一緒に暮らすかみさんとは半年も口をきいていない。「オレもそろそろ80か……」と考えた瞬間、かみさんに下の世話をさせるわけにはいかないと考えるようになったんです。

2017年に、引退した役者や脚本家、ミュージシャンが終の棲家にする高齢者施設を舞台にした「やすらぎの郷」(テレビ朝日系で放送)というドラマがあったでしょう。ぼくも「やすらぎの郷」のような施設で、落ち着いた余生を過ごしたかった。

我が「やすらぎの郷」を求めて方々から資料を取り寄せ検討したどり着いたのが、房総半島にある千葉県鴨川市の高級老人ホームでした。入居者の資格が60歳以上の自立型老人ホームです。

入居の決め手となったのが、景色。高台にタワマンのようにそびえたつ22階建ての老人ホーム。その18階にあるぼくの部屋からは鴨川湾が見わたせる。昼は山の緑が、夜は町の灯りが美しい。夜に走り抜ける外房線の列車はまるで、銀河鉄道のようでした。そんな景色に囲まれて、毎日、酒を飲んで、音楽を聴いて、本を読んで、散歩する……。

しかもぼくの自室は65平米の広さで、キッチンもついている。館内には、レストラン、図書館、露天風呂、ジム、カラオケ、ビリヤードなどの娯楽施設まである。スタッフも親切。提携する亀田病院によるサポートもある。なんて素晴らしい環境だろう。死ぬまでここにいるんだろうな、と感動していたんですが、1年で飽きました。