「絶対にもっと売れるはずだ」品切れを起こさないプラン

私は、「絶対にもっと売れるはずだ」と思っていたので、リサーチ結果にそのまま従うのではなく、1200万ケースの売り上げにも耐えられる、最初の3カ月のプランを組んだのです。

売り上げと受注数量を毎日トラッキングして、微調整をしていきました。というのも、製品の製造には、さまざまなモノが必要になるからです。製造のためのリードタイムの長いものは、早めに発注しなければなりません。ペットボトルのラベルのフィルムもそうでした。

さらには、キャップ。これはかなり早めに確保しておかないと間に合わないことがわかっていました。キャップがないために製品が作れない、なんてことにもなるのです。

ただし、多すぎる発注をしてしまったら、これはこれで問題になります。1年目に発注したものは、2年目に使えばいい、という考え方もありますが、キャップを保管する倉庫代もかかってきます。その費用も考え、リスクを判断しなければならないのです。

マテ茶の茶葉は船で輸入していましたが、足りないという緊急事態になったら飛行機を飛ばすつもりでした。実際、マテ茶を積んだジェット機を10機ほど飛ばすことになりました。

飛行機
写真=iStock.com/murat4art
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卒論で書いた「アサヒスーパードライ」の戦略が生きた

「太陽のマテ茶」の成功は、いろいろな要素がかみ合ってこそ、でした。何よりチームのパッションの強さ。3年間、練りに練ったコンセプトが良かったこと。味も本当においしかった。マーケティングも良かったし、マテ茶のPRの仕掛けも良かった。

さらに品切れを起こさなかったこと。これは、大学の卒業論文で書いた「アサヒスーパードライ」の戦略を学んだことも大きかった。当時のトップ、樋口廣太郎さんは、「スーパードライ」はもっと行ける、だから社運を賭けてラインを増やす、と考えたのです。

実際、他の製品はすべて輸入してでも「スーパードライ」にラインを回す、ということまでしていた。だから、「スーパードライ」は爆発的にヒットし、シェアトップに躍り出ることになったのです。「スーパードライ」の成功は、商品力の強さだけではなかったのです。

「太陽のマテ茶」も、ビッグプロジェクトでした。在庫を切らすわけにはいきませんでした。そこで、供給量をしっかり確保することにこだわったのです。