※本稿は、ヤマザキマリ『扉の向う側』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。
14歳の冬、欧州ひとり旅に出た
14歳の冬、1カ月にわたる欧州ひとり旅のスタート地点はパリだった。空港には母の友人のカルメンさんが迎えに来てくれているはずだったが、荷物を受け取って到着ロビーへ出たところで、真っ先に「マリ⁉」と私に声をかけてきたのは、頭髪の薄い、見知らぬ初老のおじさんだった。日本にやってきたカルメンさんと初めて会った時の私はまだ4歳。それから10年経った私に気がつかなかったら困るからと、母のアドバイスで、あらかじめ彼女には自分の似顔絵を送ってあった。その似顔絵を送迎口で両手で広げて持っていたのは見知らぬフランス人だったのである。「これは君だね?」と強烈なフランス語訛りの英語で改めて確かめられ、私は事情を飲み込めないまま恐々と頷くしかなかった。
「私はカルメンの叔父でポールと言います」と右手を差し出し「あなたの飛行機の到着が1日遅れたので、カルメンは先にリヨンに帰りました」とのこと。「エヴリスィング・イズ・オッケー」と押し黙る私の背中を叩き、そのまま、まだ太陽が昇る前の薄暗い早朝のパリの、ポールさん一家が暮らすアパルトマンへ向かった。
奥さんからガミガミ叱られながら薬を飲むポールさん
家の中に入ると、奥さんと思しき頭に幾つもカーラーをくっつけたパジャマ姿の女性と、私よりちょっと年上くらいの若い女性がキッチンのテーブルに座って、ふたりでどんぶりに口を付けて何かを飲んでいた。フランス語で挨拶があったあと、私も椅子に座らされて彼女たちが口にしているのと同じどんぶりを勢いよく置かれた。カフェ・オ・レだった。奥さんが、片手で鷲掴んだフランスパンの切れ端と、チョコレートペーストを私の前にどさっと置き、食べろと言う。疲れと緊張とで今にも吐きそうな心地だったが、断る勇気が出ず、私も彼女たちと同じようにどんぶりの中の熱い液体を啜って、フランスパンを千切って食べた。
いつの間にかスーツに着替えたポールさんが慌ただしく家の中を立ち回り、奥さんから何かガミガミ叱られながら、手渡された錠剤を口の中に放り込んでいるのが見えた。会社までの道すがら私を駅まで連れていくとポールさんに言われ、私は慌ててどんぶりの残りを飲み干すと、再び薄暗い外へ出た。それが、私の1カ月をかけたフランスとドイツの波瀾万丈の旅の始まりだった。