権威や規則を振りかざすのではなく、情を踏まえて裁断することも平蔵のリーダーシップの特色だ。妾腹の平蔵はもともと長谷川家の跡取りではなく、若いころは放蕩無頼の生活を送っていた。そのため下情にも通じている。作中で「悪を知らぬものが悪を取りしまれるか」と啖呵を切るが、硬直したルールにしばられるのではなく、むしろ清濁併せ呑む人間観を持っている。理想論だけに偏らない等身大の人間くささも鬼平の魅力だ。

『鬼平犯科帳』
池波正太郎著/単行本初版1968~90年/文春文庫(全24巻)

実は30~40代のころは『坂の上の雲』など司馬遼太郎の歴史小説を愛読した。いわゆる司馬史観に心酔したものだが、いまになると「待てよ」と思う。たとえば乃木希典は司馬が描くほど無能だったのか。のちに乃木神社に祀られ庶民から尊崇を集めたが、その事実は重く見なければいけないだろう。その点で、必ず物事の表裏を見る鬼平――つまり池波正太郎の価値観は、より実社会に即していると思うのだ。

さて、鬼平には及ぶべくもないが、私自身もできるかぎり営業拠点などの現場に出たいと考えている。お客様との接点である現場にはすべてがあると思うからだ。社長就任以来、全国をまわって4000人ほどの社員と会話した。というより、ビールを注いで握手をしたのである。このときに、社員が笑顔で元気に応えてくれることが一番うれしい。

もっとも、江戸幕府を会社にたとえると、火付盗賊改方長官は社長ではなく部課長クラスだ。鬼平のような部課長を育てたい、というのが私の本音なのである。

鈴木久仁氏厳選!部課長が読むべき本

『徹底のリーダーシップ』ラム・チャラン著、プレジデント社

リーダーに絶対必要な資質として、著者は「誠実であり、信頼できる存在であること」「社員、部下を鼓舞し、勇気づける存在であること」「現実と『生の情報』でつながっていること」「楽観的な現実主義者であること」「細部にまで徹底的に踏み込んでいくこと」「未来に打って出る勇気があること」の6点を挙げている。リーダーシップ論は世にいくらでもある中で、「徹底する」という著者の主張に共感した。リーダーとはどうあるべきか、若い社員にも勧めたい。

※すべて雑誌掲載当時

(面澤淳市=構成 鈴木直人=撮影)
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