バブル的な人生も楽ではない
Sのようなタイプの人間にとって、バブルの時代は天国だったかもしれません。しかし、私にとってあの時代はむしろ地獄でした。
複数の女性と同時につきあったり、毎晩、盛り場で遊んだりするには、それなりに気力も体力もいります。そんなことに使うエネルギーがあるのなら、映画を見たり文章を書いたりしていたい、というのが私の本音です。
2012年の現在なら、そういう本音をカミングアウトしても、べつに非難されることはありません。「そんな変わりものもいるだろう」と思われるぐらいで済んでしまいます。けれども、バブルのころにそんなことを口にしたら、
「根クラ・貧乏くさい・人生終わってる・非モテ(という言葉は当時ありませんでしたが)の居なおり」
などなど、いいたい放題ののしられたことでしょう。
ちなみに、Sといちばん最近会ったのは去年の夏でした。ふたりで飲む約束をしたつもりだったのに、髪の長い、ギラギラした目つきの若い女性を彼は連れていました。
「僕の仕事を手伝ってくれている××さん」
Sは女性を、そんな風に私に紹介しました。
女性が席を外した折に、あいかわらずモテるんだな、と私がいうと、Sは困ったような笑みをうかべました。
「ちがうんだよ。いろんな女性の相談にのってあげてると、話を聴いてるだけじゃすまなくなっちゃって」
Sは、何回か転職したあと、音楽コンテンツをあつかう会社にいるはずでした。
「仕事もたいへんなんだろ?」
「うん、ラクではないね。仕事が終わってからいろんな子の相談にのったりしてるから、終電にまにあわない日も多いよ。」
「よくからだがもつな」
「そりゃ、僕だってきついよ。でも、こういうのが僕の役割だと思うことにしている」
たしかにSの顔には、疲労の色がはっきりと浮かんでいました。
「そういや、『ノルウェイの森』の映画、見た?」
私がたずねると、Sはタバコの煙を吐いて、天井を仰ぎました。
「ひどい映画だったよ。でも、緑をやった水原希子がよかったから、ぜんぶゆるすことにした。例の場面を彼女、とっても上手く演じてたから。」