認知症の家族の介護では、どんなことに気をつけるべきか。理学療法士の川畑智さんは「認知症になっても好きだったものは絶対に忘れない。大切なのは、本人が大事にしている思いに家族が気づき、寄り添うことだ」という――。

※本稿は、川畑智『さようならがくるまえに 認知症ケアの現場から』(光文社)の一部を再編集したものです。

パチンコ屋
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認知症になっても好きなものは忘れない

甘いものやお酒、タバコなど、これは絶対にやめられないというものは人間誰しも少なからずあるだろう。

認知症になったからといって、好きだったものまで忘れるかというとそんなことはなく、むしろ他のことは忘れてもそれだけは絶対に忘れない、と強く記憶に刻まれるケースはたくさんある。

そろそろお風呂にでも入ろうとしていた頃、自宅の電話が鳴った。

「木崎です。夜分にすみません」と話す電話の主は、認知症の疑いがある木崎さんの娘さんからだった。木崎さんは、認知症の診断こそまだついていないが、認知症チェックをしたときに、少し認知症のリスクが出てきているので気をつけましょうね、とお伝えした方だった。

「母がこの間、車で自損事故を起こしてしまったんです。幸いにも母に怪我はなく、車を廃車にしただけで済んだのですが、その後大変なことになってしまって……」と話す声のトーンが、少し暗くなったのが分かった。

1日に50回も電話をかけてくる母

そして「実は、1日に50回も電話をかけてくるようになったんです」という娘さんの言葉に、私はその回数の多さに驚くとともに、ただごとではないことが起こっているんだろうなと感じた。

詳しく話を聞いてみると「事故のあと、親戚みんなで話し合って、新しい車を買わないことに決めたのですが、母が全然納得してくれないんです。それからというもの、車を買ってくれという抗議の電話を1日に何度もかけてきて、スマホの通知音が鳴るたびにビクビクするようになってしまいました。母を説得するにはどうすればいいのでしょうか」と、娘さんは木崎さんからの毎日の電話攻撃にすっかりまいっている様子だった。

どう考えても1日に50回というのは尋常ではない。

私は「ところでなぜお母さんは、そこまでして車を必要としているのでしょうか?」と先程から気になっていたことを尋ねたところ、「それが、その、パチンコなんです……」となんともバツの悪そうな答えが返ってきた。