たとえ娘であろうと母の楽しみに口出ししてはいけない
「私、いい歳してパチンコにハマっている母を、心のどこかでずっと恥ずかしいと思っていました。だから平気で母から大事なものを取り上げようとしたし、それに対する抵抗を疎ましくすら感じていました。たとえ娘であろうと、母の楽しみに口出ししてはいけないんですね」と、娘さんはじんわり涙をにじませていた。
木崎さんの中にあるパチンコに行きたいという思いは、ずっと続いていて忘れることはない。認知症の人が忘れてしまうというのは、少し違うと私は思っている。大事だと思っていればいるほど、本人の中でそれは生き続ける。
大切なのは、そういった本人の大事にしまっている思いが、一体どこにあるのだろうかと私たちが探して寄り添うこと。それをしない限り、答えは絶対に見つからない。
しかし裏を返せば、鍵は本人がちゃんと持っているということだ。私たちが諦めずにそこへアプローチしていけば、きっと一番良い答えが浮かび上がってくるだろう。