認知症とはどんな病気なのか。ノンフィクション作家の髙橋秀実さんは「認知症と判定された父には、典型的な症状である『取り繕い反応』がみられた。調査員から『朝食は何を食べましたか?』と聞かれて、ニコニコしながらまるっきりのウソを答えたのだ」という――。(第1回)

※本稿は、髙橋秀実『おやじはニーチェ』(新潮社)の一部を再編集したものです。

頭の形のパズル
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「認知症」という病名はない

父は認知症である。

正確に言うと、父は認知症と診断されていた。いや、もっと正確に言うなら、近所の診療所でかかりつけの医師に「父は認知症なんでしょうか?」と訊いてみたところ、「そ、そうですね」と言われた。「アルツハイマー型ということになるんですか?」と問いただすと「まあ、そうですね」とのことだった。

地域包括支援センターの相談員に「父は認知症なんでしょうか?」とたずねた時は、「大丈夫です」と微笑まれた。何が大丈夫なのかよくわからなかったのだが、認知症か認知症でないかと心配なら、認知症だから大丈夫ということらしい。

いずれにしても父の認知症は私の「認知症ですか?」という問いかけに対する同意にすぎず、先方から宣告されたわけではない。となると認知症と診断したのは私であり、それが公的に了承されているというのが正確な経緯になるのだろう。

そもそも「認知症」は病名ではないらしい。

医師の小澤勲さんによると、「認知症」とは「症状レベルの概念」(小澤勲著『認知症とは何か』岩波新書 2005年 以下同)である。「熱がある」「咳が出る」「だるい」「痛みがある」などというのと同じレベルの概念であり、「認知症」の場合は「記憶障害、見当識障害、思考障害など、いくつかの症状の集まりに対する命名」なのだという。

症状の総称ということで、本来なら「症状群」と呼ぶべきなのだそうだ。これらの症状を引き起こす原因疾患(つまり病名)は100近くあるそうだが、「認知症」はあくまで症状の名前。「熱がある」と同じように症状にすぎないので、認知症のような症状の人はそのまま認知症ということになるのである。