※本文内の旧字を一部新字体にし、ルビを振っている箇所があります。
スーパーの前で徘徊する認知症の老人
その3日後、私は車で実家に向かった。弟夫婦や毎朝来る「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」のスタッフからも「異常なし」という報告を受けており、ひとまずは安心していたのである。
スーパーの前を通り過ぎようとすると、入口付近にリュックサックを背負った父が立っており、私はびっくりしてブレーキを踏んだ。ぽかんと呆然とした表情の父。まるで徘徊する認知症の老人のようではないか。実際、認知症の老人なのだが。
――お父さん!
遠くから声をかけると、父が顔を上げた。
――どうしたの?
「いや、どうしたもこうしたも、お母ちゃんがさ」
――お母さんが?
「出てこないんだよ。さっきからずっと待ってるんだけっども」
父は母を待っていた。その佇まいは飼い主を待っている犬のようだった。以前もこうして買い物をしていたのだろう。
――お母さんはウチだよ。
咄嗟に私がそう言うと、父は目を丸くした。
「そうなのか?」
――そう。ウチにいるから。だから帰ろうよ。
「なんだそうなのか。なんだなんだ、てっきり俺はまだかまだかと思っててさ。でもあれだね、よくわかったね」
――何が?
「いや、俺のこと」
自分を指差す父。
――わかるよ。だってお父さんじゃん。
「えっ、そうかい?」
――そうだよ。
父の背中は洗濯板のように硬かった
私は父を抱きしめ、すっかり冷えている背中をさすった。骨ばった背中は洗濯板のように硬かった。考えてみれば、父はいつも何かを待っていた。ボケは待ちボケというべきか、何を待っているのかわからず、待ち切れずに外に出て、外で待つ。待つことで世界を取り戻そうとしているかのようなのである。実際、私と歩き始めるといつもの調子を取り戻したようで、「見て、この景色」「最高!」などと叫び、みるみるうちに顔が赤らんできた。