「死刑はもっとも凶悪な犯罪のためにあるものです」

「もう人生にストレスはありません。物事に対してくよくよ考えないのです。物事がより悪化することもないし、驚くようなこともない。ストレスを受け入れるだけですから」

ハメルは毎日、聖書を読み、牧師と面会を重ねることで、生きる価値を見出してきたようだ。彼の生き方は、囚人になる前と後では、墨と雪のようである。そのことを本人は、どれくらい自覚しているのか。獄中生活を送る前の暮らしぶりについて、ハメルは10年の年月を重ね、悔悟の念を抱くことは当然あるはずだ。

「あの頃に信仰していれば、あのような事件は起こさなかったはずです。クリスチャンが持つ道徳があり、神の助けが私を強くしてくれた。この信仰を持っていれば、ストレスを解放させることだってできるのです」

人は大きな過ちを犯し、自由を剝奪されることになって、突如、後悔の意味を知る。なぜあの時、ブレーキが利かなかったのか、なぜアドレナリンを抑えられなかったのか、と。

死をもって償うことなど、ハメルには予測できなかったはずだ。年間1403件(1日約4件)もの殺人事件が相次ぐテキサス州で、わずか200人しかいない死刑囚監房に送られるとは夢にも思わなかっただろう。「予告された死」を全うせねばならぬ運命に迫られた彼は今、どのような思いでいるのか。

「死刑はもっとも凶悪な犯罪のためにあるものです」

ハメルは、当然のような口ぶりでそう言った。家族3人を殺し、放火して逃げた人間が、そう言い放ったことは驚きだった。彼にとって、何が凶悪犯罪なのか。少なくとも、自ら犯した事件は死刑に当たらないということだろう。そこには、彼なりの理由があるようだった。

「私は過ちは繰り返さない人間だ」という主張

「あの事件以外は、人生で何一つ悪いことをしていないのです。仮釈放なしの刑(絶対終身刑)であれば、周りと問題になることはない。それが、私に与えられるべき最悪の刑だと思うのです。だから、死刑と言われた時には、とても驚きました。もう危険人物にはならない。危険なことをするとすれば、ここの仲間との闘争で自己防衛する時くらいです。でも、自分から誰かに危害を加えるようなことはしない。私は、暴力的な人間ではないのです」

亡くなった、いや、彼が殺した妻と出会う前、ハメルはホームレスだったレッティ・バンディットという女性と交際していた。彼女も彼の友人や教師たち同様、証人尋問で、恋人だったハメルについて、このように振り返っていた。

〈常に人を思い、(別の男性の子を)妊娠していた私にも強い関心を抱き、世話をしてくれた。乱暴されることなどなかった。産まれた子には、彼の姓を授けた〉

2人が家族を育まなかったのは、ハメルが「父親になる準備ができていない」ことが理由だった。彼女の元を黙って去ったハメルは、その裏で、酒、ストリップクラブ、麻薬といった快楽に溺れていたという。

宮下洋一『死刑のある国で生きる』(新潮社)
宮下洋一『死刑のある国で生きる』(新潮社)

彼は人を傷つけることを嫌い、優しくあろうとする。しかし、それは恋愛や夫婦関係において、こじれをもたらしかねない行動心理だ。面倒な争いや議論など、苦手なことはなるべく避けたい。だからこそ、禍根かこんを残してしまうのだ。もちろん、この性格と事件を直接結びつけるつもりはない。それに、ハメルが強調したい点は、そこではない。

受刑者の大半は、仮釈放中に再犯をしたり、刑務所の中で刑務官を殺害したりするなど、2回以上の過ちを繰り返すことで、死刑判決が下されている。ハメルが終身刑を望み、「死刑はもっとも凶悪な犯罪のためにある」と主張する裏には、おそらく「犯罪を犯したのは一度きりで、過ちは繰り返さない人間」であることを抗弁したい気持ちがあるのだろう。

無論、ハメルは冤罪えんざいに当たらない。彼は、それを訴えているわけではないが、処刑台に立たされることに異議を唱えているのだ。

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