2011年、大阪府堺市で医療関係者の妻、田村武子さん(当時67歳)と象印マホービン元副社長の80代男性の2人が強盗目的で殺害される連続強盗殺人事件が起きた。2人とも手足を縛られたまま顔にラップを巻きつける手口で窒息死させられ、田村さんの遺体はドラム缶で燃やされていた。犯行後まもなく逮捕された西口宗宏は、2019年に死刑が確定した。遺族は死刑囚にどんな感情を抱いているのか。ジャーナリストの宮下洋一さんがリポートする――。

※本稿は、宮下洋一『死刑のある国で生きる』(新潮社)の一部を再編集したものです。

日本の法制度
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母を殺した犯人に対し「俺が殺してやりたい」

西口宗宏が逮捕され、再犯者だと分かった時、田村勇一(仮名、武子の長男)は、「こんな人間、俺が殺してやりたいわ」という怒りが爆発した。田村一家の怒りと悲しみが極限に達した状態の中、裁判は始まった。重雄(仮名、同・夫)と勇一は、最高裁での1回を除き、全公判に参加している。麻奈美(仮名、同・長女)は、一審の公判のみを傍聴した。

初公判で、3人は初めて、田村武子を殺した西口を見た。検察官側の席にいた重雄と勇一は、被告人との距離がわずか3メートルだった。報道で目にしていた厳つい写真の西口と違い、体が小さく、気の弱そうな男に見えたという。勇一がその時の印象を語る。

「お袋がこんなやつに負けたんかと思いましたね。せめて俺の手で2、3発、顔でも腹でも殴らせてくれへんかなと思いました」

感情的な発言を極力抑えようとしている重雄は、「私も、こんな男にやられたのかと思いましたね」と述べた後、警察から得た情報を明かした。

「生きたまま溶鉱炉に落としたい」

「どうやら、車の中で西口に脅されたみたいなんです。お前の家に火をつけに行くとか、家族に手を出すとか。それと警察は、家内が西口に説法したとも言うてはりました。『人間は罪深いけれども、こういうことをすると、あんたの罪を倍加していくんや』と。日頃、家内はね、そういう話をよくしよるんですわ。お寺さんとも、しょっちゅう話をしてますんでね」

重雄は武子のことを、時々、現在形で語った。彼の中で、妻はまだ生きている。私に見えていないだけで、武子は重雄のために、目の前のキッチンで酒の肴を作っているのかもしれなかった。

勇一は、西口を睨み続けた。だが、西口は遺族とは一度も目を合わせなかったという。遺族側の意見陳述の場が提供されると、勇一は、被告に向かって激昂した。

「生きたまま溶鉱炉に落としたい」

なぜその言葉が出てきたのか。