加害者に「死んでほしい」と思う遺族の真意

私がどうしても知りたかったことを、ようやく知れた気がした。遺族が加害者に対し、「死んでほしい」と口にする時、その言葉に込められた本当の思い。それは、この世から消える「生物学上の死」を意味しているわけではない。むしろ、「苦しみ続けてほしい」という願望のほうが強いのかもしれないのだ。ここにいる2人からは、そう感じた。

重雄が言うように、相手が処刑されたら「空虚になる」というのが、本心なのだろう。死刑によって、被害者遺族に心の平安は訪れないのかもしれない。惨殺された妻が、母親が、戻ってくるわけではないのだから……。

日本では、2008年以来、被害者や遺族が刑事裁判の公判期日に参加し、被告人質問や意見陳述できる制度がある。一般市民である裁判員は、この制度により、被害者側の言葉や表情から感情を汲み取り、その感情に敏感に反応するに違いない。

しかし、第三者である裁判員が、被害者遺族の心の中を、果たしてどこまで読み取ることができるのか。法廷で遺族が「死をもって償ってもらいたい」と言った時、実際はそれを望んでいないかもしれないことを、裁判員は汲み取れるのか。もちろん、それが被害者遺族全員に共通する感情とは限らない。だが、そういう可能性もあることを私は知った。

「孫の顔くらい見せてやりたかった」

外は真っ暗で、雨が降っているようだった。荷物をまとめ、挨拶をすると、勇一が私を駅まで車で送ると言った。重雄は、玄関まで来て、「どうもありがとうございました」と丁寧に頭を下げ、私に靴べらを手渡した。革靴の紐を結び終え、私も深くお辞儀した。

玄関の扉が閉まる前、奥に麻奈美が立っているのが見えた。口にする言葉が適切かどうか分からないまま、私は「これからも頑張ってください」と声をかけた。麻奈美は、「はい」と言って肩をすぼめた。

宮下洋一『死刑のある国で生きる』(新潮社)
宮下洋一『死刑のある国で生きる』(新潮社)

ハンドルを握る勇一は、駅までの道のりで、こんなことを呟いた。

「せめてお袋に、孫の顔くらいは見せてやりたかった。ウチのやんちゃ娘をどう扱うのか見てみたかったですね」

家の中で見せていた険しい表情とは違った。いつか彼の中に、心の平安は訪れるのだろうか。その時が来ることを、私は助手席から祈っていた。

車を降り、勇一と別れると、どっと疲れが出た。放心状態になった私は、気づけば傘をさしたまま駅の構内を歩いていた。

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