派閥間の溝はキンプリメンバーにも
「彼女の中で焦りもあったのでしょう。関西ジャニーズJr.の売り出しに注力し出した。(中略)そして大阪支社に子飼いの女性スタッフを派遣するなど関西ジャニーズJr.への影響力を強め、二一年十一月には『なにわ男子』をCDデビューさせたのです」(事務所関係者)
見事にこのプロジェクトを成功させたのだから、ジュリー社長も面子を保てただろうと思うのだが、そうではなかったようだ。それに、母親譲りなのだろうか、彼女は好き嫌いがはっきりしていて、好きではない相手にはつれない扱いをしていたと、週刊文春が報じている。
「辞める(キンプリの=筆者注)三人はジャニーさんシンパで、海外公演をしたいと願っていたメンバー。ジュリーさんにも不満を持っていた」(芸能プロ関係者)
ストレスを溜め込んでいた平野は、ジュリー社長に直談判しようと、何回も面談を申し込んだが、ドタキャンが続いたという。ようやく5人が一緒に面会できた席で、ジュリー社長はメンバーの話を聞こうともせず、こういったそうである。
「私のこと嫌いなんでしょ。あなたたちなんか私の手に負えないから知らない」
それが、平野をして退所させることを決断させたというのだ。
さらに、ジュリー社長が目指したのは、ジャニーズ事務所を「普通の会社にする」ことだったようだ。
滝沢派のタレントたちが続々退所するのか
「ある程度、タレントの弱いところも受け入れて許容していた昔と違い、すぐに処分に。当時、タッキーが社長としてメディアに注目されていたため、あたかもタッキーのジャッジのように映ったが、タッキーは『オレにそんな権限あるわけないでしょ』と迷惑がっていました」(滝沢氏の知人)
ジュリー社長は大手レコード会社や民放テレビ局の人間たちを入れ、長年事務所に尽くしてきた人たちを排除していったというのである。
「滝沢にはジャニー氏後継者との自負があり、ジュリー氏にビジネス展開を提案していた。しかしことごとく撥ねつけられたそうで、『ジュリーさんとは合わない』と洩らしていた」(事務所関係者)
滝沢は、Travis Japanをデビューさせたら辞めるといっていたという。
それがスピードアップして、10月28日にアメリカのレーベルから全世界に配信デビューさせた。海外進出はジャニー喜多川氏の夢でもあった。
退所した滝沢は、ツイッターなどで発信を始めたという。これから、滝沢を慕うタレントたちが続々退所する可能性もあると、文春はみている。
ジュリー社長は、退所者が雪崩を打たないか、若手を呼び出して面談を行っているという。
どこにでもある、2代目社長と古手の幹部との争いに見えるが、若い女性たちに夢を売る商売では、致命的なイメージダウンになりかねない。
週刊文春(11月24日号)によれば、ジュリー氏が社長に就任してから、錦戸亮、中居正広、長瀬智也、森田剛など、10人もの主要タレントが事務所を去っていったという。