『企業参謀』こそ、ノートの取り方の「実例」

私のノート術の原点は中学1年生のとき。音楽の先生から、聴いた音楽のメモを取りなさいと言われたことがきっかけだった。たとえばベートーベンの交響曲第6番『田園』の第1楽章はどういう楽想か、それを聴いてどのように感じたか、音楽日記のようなものを書くように指導されたのだ。

品行方正(!)な大前少年は先生の言いつけを守り、大学院に行くまでの12年間、クラシックを聴くたびに音楽日記をつけ続けた。高校ではブラスバンドに、大学からはオーケストラでクラリネットを吹いていたが、おかげでほとんどの作曲家のだいたいの作品が頭に入っている。

日々の出来事を振り返る日記の趣味はまったくないが、音楽日記をつけるようになってから自分が考えついたことや学んで理解したことを書き出す習慣がいつのまにか身についていた。それを発想術や思考の整理術として仕事に本格的に活用するようになったのはマッキンゼー時代だ。

35年のロングセラー、『企業参謀』(プレジデント社刊)などの著書は、今でも経営学・現場の第一線で使われている。

当時は20代後半。それまでの9年間、大学と日立製作所で原子力ばかりやっていたから、経営コンサルタントはまったく未知の世界だった。そこでマッキンゼーがどういうことをする会社なのか、経営とは何か、まず自分なりに気づいたこと、考えたことを大学ノートにメモして書き溜めた。それがプレジデント社の編集者の目に留まって世に出たのが処女作である『企業参謀』(プレジデント社)である。あの本は私のつけていたメモそのものなので、ノートの取り方に関しては「実例」なのである。つまり他人の言ったことでなく、自分が考えたことをその瞬間に自分を説得させるために書いている。『企業参謀』は出版した1975年に16万部も売れた。英語版(『The Mind of The Strategist』)が各国語に翻訳されて世界中で読まれ、35年が経過した現在も新装版がロングセラーで売れ続け、ビジネススクールや企業研修の場では戦略思考の教科書としていまだに使われている。

マッキンゼー時代のノートの使い方も、要は自分が言うべきことを整理するためのメモ書きである。大半はクライアントとのミーティング用のメモで、先方が抱えている課題に対して提示するべき課題解決のポイントや新しいコンセプトを走り書きした。

時折、新聞や雑誌の記事依頼やテレビコラムの出演依頼があると原稿の構成を考えたり、本をつくるときには、まず全体のアウトラインを考えて同じノートに書き込んだりしていた。

※すべて雑誌掲載当時

(小川 剛=構成 的野弘路=撮影)