わからないことを知っていて質問攻めにする人事担当者
当日、面接を受ける予定だった先輩がひどい風邪をひき、その日に出社することができなくなった。すると、人事担当者は、赴任したばかりの私と面接したいと言い出した。
そのことを私は当日の朝、知らされた。先方からの指名とあれば、断る理由もなく、面接に臨まざるをえなかった。
「支店長の経営方針を説明してください」
人事担当者が問う。赴任してまだ4日。寺川支店長の考えなど何も教わっていない。
「わかりません。4日前にこちらに来まして、引き継ぎの最中です。これから確認しようと思っていました」
「では、支店全体の預金残高、貸出残高はどうなっていますか?」
答えられない。
「わかりません」と言い、人事担当者の顔色をうかがう。
「では、あなたが担当しているお客さま全体の預金残高と貸出残高はどうですか?」
さきほどの質問に答えられないのだから、この問いにも答えられるはずがない。人事担当者は私が答えに詰まるのを楽しんでいるようでもあった。
「それでは、支店長はどんな人か、ひと言で説明してください」
「……」
人事担当者は、次から次へと質問を浴びせた。質問の内容は昨日今日来たばかりの人間にとっては酷なものばかりだった。
私はいずれの質問にも答えることができなかった。悪夢の時間がすぎ、憔悴しきって部屋を退出した。人事担当者が帰ったあとで、寺川支店長から声がかかった。
罵声を浴びせ飲みかけの缶コーヒーを投げつける
「ずいぶんなことをしてくれたみたいだね。俺の顔に泥を塗ってくれたね」
寺川支店長は明らかに苛立っていた。あの人事担当者が、寺川支店長に私のことを告げたのだ。人事担当者はわれわれ行員を評価しに来たのではない。支店長評価のための面接なのだ。だから支店長は部下にヘマをされたくない。
「キミにはこのさき、冷や飯を食べてもらうわ。わかるかな? 十字架だよ。まあ、簡単には外れないからな。それぐらいのことをしてくれたんだよ。ナメるな!」
そう怒鳴って、飲んでいた缶コーヒーを投げつけてきた。缶コーヒーは私の太ももにあたり、床に転がった。スーツに染みができ、床にコーヒーが流れ出た。
「申し訳ありません」
頭を下げるが、寺川支店長の追撃はやまなかった。私のネクタイを掴み、そのままねじりあげた。
「これからずっと苦しむがいい! そして自分の運命を恨め!」
寺川支店長は興奮が治まらず、通路にはみ出していた課長の椅子を蹴りあげ、そのまま帰ってしまった。寺川支店長は、これまで面接に臨む担当者には、自らの意図する答え方を徹底して教え込み、膨大な時間を費やして面談のリハーサルまでしていた。そうまでして臨んでいた人事部との面接を、新しくやってきた私がぶち壊したと捉えたのだろう。