「そんげなんこつ無理じゃろ、目黒君」
ミーティングが終わり、後輩の諏訪君がトイレで声をかけてきた。
「目黒さん、大丈夫っすか? あんなこと言っちゃって。できるんすか?」
「無理だよな」
「気持ちはわかりますけど、どう考えても無理っすよ。早めにできないって言ったほうが……」
「今から言うのか? そっちのほうが殺されるだろ?」
「ですよね。僕だって今日もなんにもないっす。目黒さんもあんまり思い詰めないほうがいいっすよ。夕方、一緒に怒られましょ」
諏訪君は快活な性格で、決して二枚目ではないが、笑った顔が少年のように愛嬌がある。きっと東京にでもいたらモテていただろうに、人生で一番楽しいはずの20代をこんなパワハラ支店ですごしている。
朝9時すぎ、相棒である軽のスバルに乗り込んで、営業先に向かう。運転中、寺川支店長に宣言した最初の訪問先・太陽工業の経理部長にどう話を切り出そうか考えている。そのことで頭の中がいっぱいで、信号が赤から青に変わるのに気づかず、後ろから盛大にクラクションを鳴らされた。
「そんげなんこつ無理じゃろ、目黒君。でくっこつ(できること)と、できんこつ(できないこと)があっがね?」
振込100件の切り替えを真正面から切り出した私に対して、太陽工業の経理部長は言下に断った。
見込んでいた3社はことごとく失敗に終わった
「今月だけでいいので、なんとかお願いできませんか?」
「そんげなん理屈に合わんこつ理由がないやろが。A銀行もいきなり100件減ったらよ、うちん会社がうまくいっちょらんち、勘ぐるやろが」
「そこをなんとかお願いします!」
「ダメっち、言うちょっがね、今、忙しいとよ、勘弁してくれんね」
それはそうだろう。太陽工業には、振込先100件をA銀行からF銀行に切り替える理由がない。部屋に上げてもらうこともできず、入口の立ち話で終わった。まずは5万円が消えた。
続いて、月川精機に向かう。外貨預金だ。弾丸はあと2発。今度は命中させたい。
「社長はいません」
受付に出てきた女性社員が申し訳なさそうにそう言う。
「お戻りは何時ごろになりそうですか?」
「さあ、ちょっとわかりませんねえ」
駐車場に社長のクラウンが停まっていた。きっと居留守だろう。無理もない。先週もその前の週も、こうしてお願いばかりしている。会ったとしても、される話はわかっている。もういい加減、会いたくないんだろう。いよいよ弾丸が最後の1発になった。星沢建設だ。
「今日5万ドルね? 次の輸入は秋って説明したがね? そんこつも、まだおたくでドルにするとは決めたわけじゃないとに。無理を言わんでくれんね」
「ダメですかねえ」
「そんげなん困ったこつ言わんでよ、こっちんほうがよっぽど困っちゃが」
「ダメでしょうか」
「あんたもしゃーしー(くどい)人やね、もうあきらめんね。できんもんはできんよ」
「ですよね。無理なお願いばかりですみません」
今朝見込んでいた3社が儚くも散った。