日本を壊滅させる「計画停電」の愚

県全体への「出荷制限」は、風評被害という二次災害も生んだ。(写真=AP/AFLO)

県全体への「出荷制限」は、風評被害という二次災害も生んだ。(写真=AP/AFLO)

今回の「計画停電」は政府が打ち出した最悪の対策である。東電がここまで現代の産業社会というものを理解していないとは思わなかったし、東電に泣きつかれて計画停電の即日実施を了承した菅直人政権の危機管理に対する感度の低さにもあきれる。

計画停電はエリア別に個人、法人の区別なく実施されるわけだが、一つのエリアの中には病院もあれば、半導体工場もあれば、コンピュータのサーバーもあるかもしれない。

病院の医療行為に支障をきたすのはもちろんのこと、半導体工場やバイオ工場などでも1日に3時間も電気が止まったらクリーンルームが使えなくなる。連続稼働しなければ、クリーンルームの清浄度は保てない。休止中に不純物が混入すれば、製品は使い物にならなくなるのだ。コンピュータのサーバーにしても、止める前の1時間と動かした後の2時間は使えないから、計画停電で1日6時間はサーバーが使えないことになる。企業にとっては命取りだ。今後、日本のサーバーの半分くらいは国外に流出するかもしれない。

通勤通学や物流も多大な影響を被った。計画停電の実施が発表された当初、3時間どころか丸1日運休にした鉄道会社もあった。理由は簡単。本来、鉄道会社は自前の発電施設を持っていなければならない。しかし、戦時中の統制経済など長い月日のうちに自家発電を維持できなくなり、電力は買ったほうが安いし安心と東電に依存するようになったのだ。発電施設は稼働しないし、燃料も買っていないから、停電になれば電車は動かせないし、踏切も閉められない。結局、安全最優先で終日運休にせざるをえなかったのだ。

唐突な計画停電の実施、対象地域やグループ分けの混乱ぶり、そして弱い立場にある地域ばかりに集中している不平等な実施状況を見ていると、東電という会社の体質とデタラメぶりがよく表れている。

現状では、震災や津波よりも計画停電のほうが日本経済に与えるダメージは大きい。震災の夜に帰宅難民になった苦い経験があるから、計画停電で鉄道の運行に影響が出るといって皆早めに帰る。アフター5に食事をしたり、居酒屋で飲んで帰るという雰囲気ではない。会社も自宅待機や早退を認めざるをえないから、仕事はガタガタである。私が行く予定だったコンサートも次々と公演中止の知らせが届き、節電に協力するためだと口を揃える。何度も言うが必要なのは節電ではなく、ピーク時の電力使用を抑えることなのに。

もう一つ、計画停電とともに政府が犯した二次災害ともいえる大失策は、国民にパニックを与えるような発表の仕方をとったことだ。その最たるものが放射線の問題。こちらも勘違いを生み、産業界を混乱させる一因になった。

枝野幸男官房長官は、「どこそこのホウレンソウから国の暫定基準値を超える放射線が検出されたから出荷停止処分にした」と発表した。特別に高い数値が出た食材ロットだけでなく、福島も茨城も県全体に対して行政命令で出荷制限をかけたから、消費者は両県産とも汚染で危ないという風評で手を出さなくなったし、スーパーの棚からも消えた。一方で生産者は丹精込めてつくった安全な農作物や原乳を廃棄しなければならない。大変な被害である。

しかも、出荷制限を発表した後で、「毎日食べ続けると1年間で基準値を超えるという意味で、直ちに健康被害はない」と取ってつけたように言い直すから、国民は不安になる。

要はこう発表すればよかった。「1年間毎日摂取し続けると基準値に達するレベルの数値が検出されたので、毎日食べるのは控えてください。食べる際は水で洗えば大丈夫です」と。実際、本稿を書いている4月上旬時点では、野菜も牛乳も水も摂取してなんの問題もない放射線レベルに下がっている。

放射線の基準値については、WHO(世界保健機関)が日本政府とは違う見解があると言っている。政府はWHOやIAEA(国際原子力機関)のような国際的なエキスパートをうまく使うべきだ。彼らの主張を政府が代弁するような形でアナウンスすれば、国民も信用するし、安心できると思う。

避難勧告にしても、福島第一原発から250キロメートル離れた東京でさえ西へ脱出する人が続出したが、確率的には自動車事故に遭う心配をするほうが先、と私は言いたい。事ほど左様に政府のコミュニケーション機能の不足によって国民の不安と不信が増大、心理的な萎縮が経済の低迷に拍車をかけている。