アメリカでは、妊娠中絶を憲法で認められた権利とした50年近く前の最高裁判決が覆され、大きな波紋が広がっている。ジャーナリストの大門小百合さんは「これによって多くの州で妊娠中絶が禁止され、多くの女性が困難な状況に追い込まれているうえ、医療現場も混乱をきたしている」という――。
アメリカの首都ワシントンの米連邦最高裁前で抗議する中絶容認派=2022年6月24日
写真=AFP/時事通信フォト
アメリカの首都ワシントンの米連邦最高裁前で抗議する中絶容認派=2022年6月24日

半数以上の州で中絶が違法に

6月24日、アメリカの連邦最高裁は、人工妊娠中絶を巡り、半世紀近くにわたって判例となってきた1973年の「ロー対ウェイド(Roe v. Wade)」と呼ばれる判決の「中絶は憲法で認められた女性の権利だ」という判断を覆した。これによって、中絶を規制するかどうかの権限は、各州政府に委ねられることになった。

このニュースは、衝撃をもって全米で伝えられたし、日本でも大きく取り上げられた。

ロー対ウェイド判決は、「妊娠24週目までの中絶を合憲」としていていた。「今になってアメリカで、昔に逆戻りするような決定が下されるなんて……」と私も驚いたが、案の定、アメリカのメディアでも議論が巻き起こっている。そして日に日に、この問題が与える影響の深刻さが明らかになっている。

この連邦最高裁の判断を受けて、中絶を禁止する州が日々増えている。ワシントンポスト紙では、中絶が違法になった州をインフォグラフィックで分かりやすくまとめているが、多くの州ですでに中絶が禁止されているか、または今後禁止されることがわかる。中絶が合法であり続ける州は、全米50州のうちの20州たらずになりそうなのだ。

この状況をアメリカ人はどう思っているのだろうか?

ピュー・リサーチの調査によると、61%のアメリカ人が、中絶はすべて、あるいはほとんどのケースで合法であるべきだと答え、37%がすべて、あるいはほとんどのケースで違法であるべきだと答えている。

もちろん、赤ちゃんに罪はないし、すべての赤ちゃんが祝福を受けて生まれてくるべきである。しかし、レイプなどの被害者、幼くして妊娠した少女、貧困や健康上の問題を抱える妊婦など、中絶の禁止により苦しみ、人生を狂わされる女性が増える可能性は大きい。現在、中絶禁止の州で中絶手術を望む妊婦たちは、中絶が合法の州に行かなければならなくなっている。

「中絶手術支援」が企業の福利厚生に

そんな女性たちを保護しようと、若くてリベラルな社員を多く抱える民間企業の中には、「中絶が禁止になる可能性がある州に住む社員」に対し、「居住地近くで中絶手術が受けられない場合は、中絶が違法でない州まで移動するための旅費を支払う」という方針を取る企業もある。

例えば、スターバックスは、同社の健康保険、スターバックス・ヘルスケアに登録している従業員について、居住地や政治的信条に関係なく、自宅から100マイル(約160キロ)以内に中絶を受けられる医療機関がない場合、中絶を受けられる医療機関に行くための旅費を会社が負担するという。