『百万本のバラ』『知床旅情』などの代表曲をはじめ、ジブリ映画『紅の豚』のマダム・ジーナの声優としても知られている歌手の加藤登紀子さん。40年前に初めて出演した映画が高倉健主演の『居酒屋兆治』だった。なぜ歌手だった加藤さんは高倉健の妻役に抜擢されたのか、健さんとの撮影現場での秘話や歌手・高倉健の唯一無二の魅力を聞いた――。
名プロデューサーのショックな口説き文句
――『知床旅情』でレコード大賞歌唱賞を受賞するなど、それまで歌手として活躍されてきた加藤さんが、どのような経緯で映画『居酒屋兆治』(1983年)に出演されることになったのですか?
じつは、映画『居酒屋兆治』(1983年)で「健さんの相手役をやりませんか」とお話を頂いたとき、最初はお断りしたんです。
というのも、私も夫の藤本敏夫も、高倉健の大ファンだったからです。学生運動のリーダーだった藤本にいたっては、当時の学生たちのヒーローだった高倉健さんのカリスマ性を自分も身につけようと、普段から立ち振る舞いを真似していたほどでした。
だから、高倉健の奥さんという大役は、もっとちゃんとした女優にやってもらわないと、ファンの1人としてまずいと。私もそれまでに、ちゃんとした演技の経験はほぼありませんでしたから。
そうしたら、プロデューサーの田中寿一さんがわざわざ事務所にいらして。そして、「あなたは女優じゃないからいいんです。加藤登紀子として出てください」と言われたんです。そこまで言ってくださるのならと、お引き受けしました。
ところが、田中さんがお帰りになる際に、お見送りするためにエレベーターを待っていたら、ふっと呟かれたんです。
「健さんって、あまり美人が好きじゃないんですよ」
せっかく健さんと共演できることになって天にも昇る幸せな気持ちになっているときに、「美人が好きじゃない」って。ショックというよりは妙に納得しました。
できた映画を観たらわかるんですが、元恋人役の大原麗子さんは美しくなければならない役なので、奥さんも美しいと話にならないんですよね。奥さん役は、演技をうまくこなす人ではなく、普通の人でないといけなかったわけです。