スピーカーとヘッドフォンで同じ内容を聞かせてみると…

カリフォルニア大学の研究者が行った、ヘッドフォンとスピーカーで感じる音感覚の差異を調査したものがある。調査では、ある母と娘の会話の音声を聞く際、被験者をヘッドフォンで聴取する組とスピーカーで聴取する組に分けて行った。すると、母と娘に親近感を持ったという人は、ヘッドフォンで聞いた人のほうが多かったという結果が明らかになったのだ。他にも、交通事故の危険性に関する音声を聞かせた際も、やはりヘッドフォンで聴取した人のほうが、より危険性を意識したと回答している。

この原因を研究者は、ヘッドフォンで聞くと音が頭の中から聞こえてくる感覚が生じるが、これが物理的・社会的な親密さの感覚を生じさせるのではないかと考えている。

したがって、講演であれ商談であれ、可能であれば聞き手の音声聴取環境は、ヘッドフォンであることが望ましいだろう。あるいは、公共サービスや重要な情報を伝える際にも、ヘッドフォンを推奨することで、聞き手の理解度が増加することが考えられる。

このように、聴覚情報は私たちの理解度や印象といった多くの要因に影響を及ぼしているのである。

聞かせたくない音を自分で選べる「スピーチプライバシー」

在宅ワークが長くなる中、家族の生活音など、他者に聞かれたくない音が増えている。自宅が職場になることでプライバシーの垣根が取り払われることに対するストレスは大きく、2020年以降は特に、私たちは音のプライバシーに注意を払ってきた。

そこで注目されるのが「スピーチプライバシー」という概念である。そもそもプライバシーという言葉には「自己情報コントロール権」の意味が含まれている。友人に話せても職場の同僚に話したくないプライベートな事柄があるように、プライバシーとはある情報を伝える/伝えないを、自分で決定する権利である。スピーチプライバシーも同様に、聞かせる音と聞かせない音を、自分で決定するための権利であると捉えることができるだろう。

普段の生活においても、病院や薬局のやり取り、あるいは重要な商談の内容等、他者に聞かせないように情報を保護する必要があるが、それは在宅ワークでも同様だ。家族の声をはじめ、さまざまな生活音に囲まれるプライベートな空間の音を、職場の人間と共有するのに抵抗を持つ人は少なくない。

すでに多くの読者が、何かしら聞かれたくない音をカバーする試みを行っているかもしれない。スピーチプライバシーの一般的な方法としては、ノイズやBGM、川のせせらぎといった環境音を流すことで、聞かせない音をマスキング(覆い隠す)する方法が挙げられる。実際、小型のサウンドマスキング音の発生装置が開発されている。