「人生最後の大きな契約」

2人は、まずは新築マンションのモデルルームを複数内覧してみることにした。

いま住んでいるマンションを探していた時とは、間取りや設備、共用施設がまったく異なり、すべてがキラキラして見えた。とくに洋子さんは、浴室乾燥機や食洗機に釘付けになった。喜ぶ洋子さんの姿に、茂さんも新しいマンションで老後を過ごしたいと、思いを新たにするのだった。

その後、気になった中古マンションも複数内見したものの、どうしても新築マンションの魅力には勝てない。もちろん中古マンションのほうが安いが、新築マンションでも退職金と自宅マンションの売却資金とで、金融機関から借り入れせずとも、資金繰りも何とかなりそうである。

購入を検討中のマンションは建築中で、引き渡しは1年後だという。その間にさまざまな準備を進められる点も魅力的であった。

こうして茂さんは、退職金の一部を頭金に、新築マンションの購入を決断した。残金や諸費用などは現金で支払う予定である。「人生最後の大きな契約かもしれない」と思うと、少し緊張した。

1年かけてゆっくり売却する計画

あとは自宅マンションを1年かけてゆっくり売却するだけである。

まずは、地元の不動産業者に相談し、「居住中。引き渡し時期、要相談」として、売りに出すことにした。不動産業者との媒介契約には種類がいくつかあるようだが、その違いがよくわからなかったため、勧められるまま3カ月間の「専任媒介契約」にした。

ところが、あとから知ったことだが、その不動産業者は「レインズ(REINS)」(*)という、業者だけが閲覧できる、不動産流通標準情報システムに掲載しただけだった。要するに、他力本願で、みずからは売却活動を何もしない不動産業者だったのだ。

レインズ:国土交通省から指定を受けた不動産流通機構が運営する「Real Estate Information Network System」のことで、英語の頭文字を並べて名付けられ、組織の通称にもなっている。

結局3カ月間、茂さんの自宅マンションには内見すら1件もなかった。