箱根路からアシックスが消えた

筆者は、箱根駅伝に出場経験がある。高校・大学時代(1992~99年)には、シューズといえばアシックスだった。ナイキやアディダスはスニーカーとしてすでに絶大な人気を誇っていたが、レース用のシューズは現在ほどの地位を築いていなかった。

「使用ランナー0人」の屈辱を糧に。
写真提供=アシックス
「使用ランナー0人」の屈辱を糧に。

国内で圧倒的な存在だったのはアシックスだ。宗兄弟、瀬古利彦、中山竹通、森下広一、有森裕子、高橋尚子、野口みずき……。日本マラソン界のレジェンドたちは、全員アシックスを履いていた。

「本気ならアシックス」というキャッチフレーズが示していた通り、箱根駅伝ランナーたちが着用するシューズはアシックスがダントツに多かった。

ナイキ厚底シューズ登場前の2017年の箱根駅伝に出場した選手210人の使用シューズは次の通りだ。

アシックス67人(31.9%)
ミズノ54人(25.7%)
アディダス49人(23.3%)
ナイキ36人(17.1%)
ニューバランス4人(1.9%)

その後、厚底シューズが年々シェアを拡大していき、前回(2021年大会)では、こうなる。

ナイキ201人(95.7%)
ナイキ以外9人(4.3%)

2017年大会までシェアナンバー1だったアシックスは2019年大会で首位から陥落すると、その2年後、箱根路から完全に姿を消した。

これはアシックスとして衝撃的どころか、屈辱的な結果だったはずだ。同社は前回大会で、早稲田大、帝京大、山梨学院大、専修大にウエア提供をしていた。シューズに関しては、選手各自の判断に委ねられるとはいえ自社製品をプッシュできる立場にあっただろう。しかし、誰にも履いてもらえなかった。開発担当者のひとりはこう言った。

「2021年箱根駅伝の結果はアシックスの商品が評価されていなかったという現実として真摯に受けとめております」

短い言葉ながら悔しい気持ちが伝わってくる。何しろ、アシックスにとってランニング部門は売上高の約半分を占めるのだ。トップ選手の動向は後々、市場に大きく影響することを考えると、早急に立て直しが必要であることは誰の目にも明らかだ。

実はアシックスは巻き返しを図るべく、2年前から動いていた。それは「C-Project」。

2019年11月、ナイキ厚底シューズに負けない新モデルを開発すべく、社長直轄で研究開発、選手サポート、生産、マーケティングなどの若手スタッフを集めたグループを発足。トップランナーのシューズ作りをターゲットにした開発チームは「C-Project」と名付けられた。Cは「頂上ちょうじょう」の頭文字からとっている。