高齢の親の容態が急変したとき、子供はどうするべきか。社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子さんは「間違っても119番通報をしてはいけない。こんなはずではなかったと後悔することになる」という。上野さんの著書『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)より紹介する――。
かつては自宅で死んでいた日本人
いまでも日本人の多くは「死に場所は病院」と考えているようですが、病院死以前には、日本人は在宅で死んでいました。
病院死と在宅死の割合が逆転したのは1976年、そんなに昔のことではありません(図表「病院死と在宅死の割合」参照)。死にかけている年寄りを病院に担ぎ込むことを、日本の家族はながいあいだ「常識」だと思ってきました。
ですが、病院は死なす場所ではなく生かす場所。
とりわけ119番すれば延命治療は専門職の必須の使命です。ふしぎでしかたがないのは、年寄りの容態が急変したら119番し、場合によってはすでに絶命していても119番をダイアルしてしまう家族の行動です。これでは延命治療をしてくれ、蘇生処置をしてくれ、と頼んでいるのと同じ。その後で、こんなはずじゃなかった、と悔いることになります。最近ではようやくその「常識」に疑いが持たれるようになりました。
若い人が感染症や事故に遭う場合には、病院に駆け込むことには効果があるでしょう。ですが、死が予期された高齢者に無理な延命治療をしてどうなるでしょうか。「最期は病院で」という考え方には、医療が稀少資源だった過去の名残りがあるような気がします。いまわの際に一度でいいから、オヤジを医者に診せてやりたかった、と。
ですがもうそんな時代ではありません。このところ、病院死の割合がようやく減少に転じて、代わって在宅死と施設看取りが徐々に増えてきました。施設ですら、かつては終末期の年寄りを病院にかつぎこんだものですが、ようやく施設のなかで看取りを実践するようになってきました。