「若い女性の魚屋の跡取り」に取材が相次ぐ
森朝奈さんは毎朝、寿商店の社長である父・嶢至さん(61歳)とともに、名古屋市中央卸売市場へ魚の買い付けに行く。夫婦で鮮魚店を営む人も多く、市場では「魚屋のおかみさん」はちらほら見かけるが、やはり圧倒的に男性が多い。
「若い女性はほとんどいないですね。(東京から家業を継ぐために名古屋に戻り)父と市場に来始めた当時、私は24歳でしたから、もしかしたら市場に出入りする女性の中では最年少だったかもしれません」
森さんはその後、社内のシステム化や効率化を推し進め、当初2店舗だった居酒屋を12店舗にまで拡大する土台を作った。SNSを駆使するなど、広報活動も積極的に行った。
東京の大手IT企業を辞めてUターンしてきた、業界には珍しい若い女性の跡取り。取材の申し込みも相次いだ。取り上げられた記事の見出しには“美人すぎる魚屋”“若くてきれいな跡取り娘”といった言葉が並ぶ。
メディアの中の自分の姿にギャップ
森さんは、「『客寄せパンダ』になることに抵抗がありましたし、自分の思いと違うところばかりが取り上げられることに、すごく複雑な思いがありました」と話す。
筆者が森さんを知ったのも、メディアやSNSなどで性的な対象として見られることへの戸惑いを吐露した記事だった。ネットで検索してみると、とにかく容姿に関する書き込みが多く、「着ているものを売ってほしい」「水着でグラビアをやってほしい」など、性的なコメントも散見された。
しかし、森さんに取材が入ると、社員も盛り上がる。「会社の宣伝になるなら」と、積極的に取材を受け、言われるまま、仕事とは関係のない趣味やプライベートの写真撮影に対応したこともあった。
「こういう打ち出し方をされるのは嫌だったんですが、頼まれると、どうしても相手の求めているものを提供しないといけないと考えてしまうところがあって……。でも、こうした取材の受け方をしていると、勘違いもされやすい。私自身が考えている自分の姿と、メディアを通じて見た私の見え方が違うことも感じました。そのギャップに悩んで、どうふるまうべきかわからなくなったこともありました」
若さや容姿ばかりが注目されるのは嫌だったが、だからこそメディアに取り上げられ、宣伝になる部分もある。「客寄せパンダ」の役割を担うべきなのか。メディアから求められる姿でいなくてはいけないのではないかと思ったこともあるという。
しかし最近は、「言われるままに取材を受けるのではなく、もっと選ばないといけないと思うようになりました」と話す。