昨年、韓国ドラマ「愛の不時着」が大ヒットした。東京工業大学准教授の治部れんげさんは「絵に描いたような王道ラブストーリーに見えるが、実は古典的な性別役割分担を逆転させたドラマだ」と分析する――。

※本稿は、治部れんげ『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

ヒョンビンとソン・イェジン
写真=スポーツコリア/アフロ
2019年12月9日、ドラマ「愛の不時着」制作発表会

「王道ラブストーリー」だけど飽きずに見られる

「愛の不時着」の基本構図は現代版「ロミオとジュリエット」。北緯38度線をはさんで分断された北朝鮮と大韓民国に住む男女が恋に落ちる物語です。70年前に起きた朝鮮戦争の「休戦」は今も続いていて、両国は自由に行き来できない上、連絡も取り合えません。舞台を知るだけで悲劇のイメージが喚起されますし、主演のヒョンビンとソン・イェジンは美男美女のベテラン俳優で、泣かせる演技に長けています。

一方で「絵に描いたような王道ラブストーリー」は、ともすれば陳腐になりかねません。大ヒットした理由は、古典的なモチーフを飽きずに見せる、視聴者の喜怒哀楽を喚起する巧みな構成にあります。

ヒロインがパラグライダーの事故で北朝鮮に“不時着”して以降、正体を隠して過ごす冒険にハラハラし、悪役の少佐による主役カップルへの攻撃にドキドキし、ふたりの恋の行方にときめきを感じ、魅力的な脇役のコミカルな言動に笑うといった具合です。毎話90〜120分近く、映画1本分程度の長さがありますが、中だるみがありません。スリリングなシーンの後には安心が、ラブシーンの後には笑いが織り込まれ、緩急がついているためです。

役作りのために「笑い」について研究していた

ところで、実際に見始めると、前情報のイメージと大きく違うことに気づきます。それは、ヒロインのユン・セリ(ソン・イェジン)がとても元気で面白い性格なことです。インタビュー記事で、ソン・イェジン自身が「セリは、ハツラツとした性格」とか「セリが面白い」と語り、役作りのために「笑い」について研究したとも話しています。

私は2020年春にひとりで何度も見た後、同年秋には小学生の娘と一緒に、再び全話を通して視聴しました。娘は「セリが美人!」「この人、綺麗!」とひとしきり盛り上がった後で「セリ、面白い!」と喜んでいました。単に美しいだけでなく、はっきりものを言うところが魅力的なキャラクターなのです。

この設定を踏まえると、「愛の不時着」についての記事のほとんどがセリを「財閥令嬢」と紹介していることに違和感を覚えます。その言葉には、生まれつき超富裕層のお嬢様という意味合いがありますが、自分の手で人生を切り開いてきたセリの強さや意志がまったく感じられないからです。