「愛人の子」として生まれ、起業家になった

実は、セリは父親の愛人が産んだ子で、新生児の時にユン家に連れてこられました。正妻は、自身のふたりの息子とともに愛人の子であるセリを育てるという、苦行を強いられます。そして兄たちは自分より優秀なセリを目の敵にしています。このような家庭環境で苦しみながら育ったセリは、20代で実家を出ると独力でファッション企業を立ち上げ、父親や実家の力を借りずに上場までこぎつけるのです。

成功した強いビジネスウーマンのシルエット
写真=iStock.com/kieferpix
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つまり、セリは恵まれた「財閥令嬢」ではあるものの、大人になってから自力で「起業家女性」になった人物です。困難な環境にあって、自分の生きる道を自分で切り開き、選び取ってきたことは、彼女が創業した会社にSeri’s Choice(セリズ・チョイス:セリの選択)と名付けたことに表れています。

このように、ヒロインの成育歴や生き方を見てみると、セリを紹介する最初のひとことは「財閥令嬢」ではなく「上場企業経営者」とか「起業家女性」の方が的確でしょう。

ヒーロー像に「有毒な男性性」がない

私が考える「愛の不時着」高評価の理由は、甘い恋愛ドラマの部分というより、固定的な性別役割分担の逆転と、有毒な男性性のないヒーロー像でした。それは、北朝鮮の特殊部隊大尉リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)が、不時着してきたセリを匿い、麺料理を作りコーヒーを豆から炒って淹れてあげ、洋服やシャンプー、リンスなどを闇市場から調達する、といった具合に「無償ケア労働」をするところに表れています。

ジョンヒョクのケアを受け入れるセリが、北朝鮮で様々なものを美味しそうに食べるシーンも印象的でした。韓国では、前述の家族関係から、他人を信じられず、食事は3口程度しか食べなかったセリは摂食障害を患っていたように見えます。そんなセリが、北朝鮮では本当によく食べるのです。ジョンヒョクと2回目に会った際にセリが口にしたセリフは「ご飯、くれない?」でしたし、彼の家に上がり込んだ後は「私は1日2回、お肉を食べるの」と言って、北朝鮮では貴重な肉を焼かせるのでした。