ドラマ「結婚できない男」が2006年に、続編「まだ結婚できない男」は2019年に放送された。東京工業大学准教授の治部れんげさんは「主人公が“頼りがいがある夫役割”を徹底的に拒否して生きているところにジェンダー革命の萌芽が見える。男性の解放なくして、女性の解放もない」という――。

※本稿は、治部れんげ『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

カンテレ「火曜ドラマ『まだ結婚できない男』」ホームページより
カンテレ「火曜ドラマ『まだ結婚できない男』」ホームページより

タイトルは「結婚できない男」だけど、中身は…

「結婚できない男」の放送は2006年で、2019年には続編「まだ結婚できない男」が放送されました。ジェンダー視点から気になるのは、何よりタイトルの不適切さです。このタイトルからは、未婚者に対する冷やかしや差別的な印象を受けます。本編を見てみれば、主人公はひとりの生活を楽しんでいますから「結婚しない男」という表現の方が内容を正確に映しています。

明らかに「政治的に正しくない」タイトルではありますが、本作品は既存のジェンダー規範に抵抗しつつ、それをコミカルに描いているところが面白いです。主人公の桑野信介(阿部 寛)は一級建築士で、都内に自分の事務所を構えており、住宅設計で高い評価を得ています。

桑野が設計する住宅の特徴は「キッチンを中心にする」こと。部屋の中心にキッチンのスペースを広々と確保した上で、流し台を壁際につけてしまうのではなく、アイランド型にして大きくどんと設置するのです。ある時は、顧客の予算を200万円も上回りながら、キッチン中心の家を提案しました。これは夫婦で来店した客の妻に非常に好印象を残しています。

主人公が愛するのは「心地よいひとりの生活」

このような提案は、桑野自身のライフスタイルが大きく影響しています。彼は都内のマンションでひとり暮らし。広々としたLDKにはアイランド型のキッチンがあり、冷蔵庫は健康的な食材や青汁で常にいっぱいです。上質な牛肉を買ってきて専用の器具を使い好物のステーキを作り、冷やしたシャンパンとともに夕食を楽しむ桑野の幸せそうな様子がドラマの冒頭で描かれます。自分で好きなものを作り、料理して食べる楽しみを実感しているからこそ、桑野は住まいの中でキッチンが重要だと考え、仕事の提案にも生かしているのです。

ただし「食べる楽しみ」を他人と分かち合いたいとは思っていないのが桑野の特徴です。彼が愛するのは、自分が好きなもので囲まれた心地よいひとりの生活です。夕食後は冷蔵庫に常備してある牛乳をグラスにつぎ、お気に入りの高級リクライニングチェアに座って、クラシックを大音量で聴きながら指揮者になった気分で両手を振る──こういう瞬間に、この上ない喜びを覚えるのです。