ローンを払う男性たちの人生は何のためにあるのか

料理はするけれど、他人のために「ケア労働」はしたくない。それどころか、他人と関わることすら面倒くさい。そんな桑野をドラマでは「変人」として描きます。桑野の設計事務所と協業している住宅プロデュース会社の営業担当から「家を作る仕事をしているのに、どうしてそこに住む人間に興味を持たないのか?」と尋ねられると「みかん箱を作るのに、みかんを好きである必要はない」と冷たく答えます。

桑野の顧客に対する突き放した見方は、たとえばこんな具合です。自分が作った住宅を購入し、ローンを払うのはほとんどが男性です。彼らは、妻子を養い、多額の借金を背負って朝から晩まで働きます。せっかく買った家に帰るのは家族が寝静まった夜中。一体、何のための人生なのか。客を馬鹿にしているような見方ですが、真実を突いています。

街の通勤者
写真=iStock.com/urbancow
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「束縛される男性」の象徴として描かれる義弟

「男性が外で働き家族を養うべき」という考えを前提とすれば、「結婚」が男性にもたらすのは、束縛に他ならない。桑野はそれを見抜いており、「結婚なんてメリットがない」と公言してはばかりません。急病に罹った時や誕生日には、ひとりだと寂しいし不便ですが、元気に日常を暮らしている間は、ひとりでまったく問題はないからです。

自由に生きる桑野と対照的に「束縛される男性」の代表格として描かれるのが、桑野の義理の弟です。彼は中規模の総合病院の副院長で跡取り息子、桑野の妹との間に娘がひとりいます。「ホステスにモテた」ことを喜ぶような分かりやすい中年男性で、接待半分遊び半分で連日、飲み歩いています。そんな夫の行動を牽制するためか、妻は毎晩決まった時間に娘の写真とメッセージを送って帰宅を促します。

未就学児のひとり娘を猫可愛がりしつつ「お前が大きくなったら、病院の跡継ぎになりたい男がいーっぱい寄ってくるからね」と話しかける様子は、昭和の価値観そのもの。愛する娘本人が医師になって病院を継承する可能性は、ひとかけらも持っていない様子です。その言動に悪気はゼロ。こういう人が「無意識のジェンダー・バイアス」を拡散するのでしょう。