日常描写があるから「自己犠牲」にも説得力がある

また、ドラマに何度か登場するのは、自分が死ぬことより相手が死ぬことの方が耐え難い、という価値観です。セリが誘拐された時、ジョンヒョクは「彼女を守れなかったら、僕の人生は地獄になります」と話します。セリを守るためにソウルに来たことで、北へ帰った後、軍事裁判にかけられ死刑になる可能性があっても「まったく後悔していない」と言うのです。

このように相手の安全と健康、命を自分より優先するのは、男性だけではありません。ヒロインのセリもまた、ジョンヒョクが銃撃された際、自分の血液を彼に輸血するため病院に残り、やっとの思いで確保した出国の飛行機を逃します。また、ジョンヒョクが物陰から撃たれそうになると、自分も襲われる危険があるのに彼を守ろうとしたり、自らが盾となって銃弾を受けて彼を守ったりするのです。

自己犠牲こそが愛の本質である、というテーマは、古今東西、文学や映画が描き続けてきました。このドラマでは、ともすれば自己陶酔に見えてしまう「相手を自分より優先する」思考と行動を自然に見せています。説得力の理由は、丁寧な日常描写の積み上げにあると言えるでしょう。

人と人が知り合い、親しくなり、愛情を育むには時間がかかります。ともに過ごす日常生活の中で、徐々にお互いの人となりを知り、心を寄せていく過程において「食事」が非常に重要な役割を果たしています。ジェンダー規範に加えて、家族観も伝統的な血縁主義を脱しているところが新しいと言えます。

赤い糸でハートがつくられている絵
写真=iStock.com/Asya_mix
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「性別役割分担の逆転」をあからさまには見せない

先ほど、性別役割分担の逆転がこのドラマの大きな魅力と書きました。一方で、それをあからさまには見せない表現がうまい、とも思います。第1話から第6話までは「ヒーローがヒロインを助ける」シーンが繰り返し登場し、普通に見ていると伝統的なお姫様救出物語に見えるはずです。

各話のラストシーンをおさらいしましょう。まず、第1話は、北朝鮮に来てしまったセリが、秘密警察に見つかりそうになったところを、ジョンヒョクが「壁ドン」で隠して守るシーンで終わります。第2話は、秘密警察に見つかり銃をつきつけられるセリのもとに、ジョンヒョクが駆け付け「婚約者です」と嘘をついて助けます。第3話は船渡しで韓国に帰ろうとしたセリがパトロールに見つかりそうになったところを、ジョンヒョクがキスして恋人のふりをします。これらのシーンで、ジョンヒョクの意図がどうあれ、彼は「危機に陥った女性を守る王子様」に見えるわけです。