中学受験の身もフタもない話
このように中学受験のポジティブな面を描く『二月の勝者』ですが、いっぽうで受験ビジネスの身もフタもない現実もしっかり描いています。
この漫画は黒木が子供たちに向かって、
「君たちが合格できたのは、父親の『経済力』と母親の『狂気』のおかげだ」
という内容を言い放つ非常にショッキングな場面から始まります。漫画の舞台となる塾では、6年生になると、年間の授業料が総額で約126万円かかると計算するシーンが出てきます。しかし一回始めたら、なかなか途中でやめられません。たとえ成績が芳しくなくても、「いま辞めるなんてもったいない。受験当日まで学力は伸びます」と言われれば、多少無理をしてでも続けることになります。
しかも恐ろしいのは、「土曜特訓」「日曜特訓」「合宿」「夏休み講習」「冬休み講習」「正月特訓」と、どんどん追加料金が発生していくところ。「正月特訓は、冬休み講習とは別料金なんだー」と驚きながらも、「ここで差がついたら困る」と申し込んでしまう。作中でも、「課金ゲーム」にたとえられていましたが、まさにそんな感じ。
また合格実績によって塾講師の先生たちの給料も変わってくるなど、内幕のリアルさがこの漫画自体を信憑性のあるものにしています。
そして受験のタイムスケジュールにそって物語が進んでいくので、「ここからは受験生本人よりも、親のメンタルのほうがつらい時期なんだ」というように、ガイドブックとしても使える。わが家の場合、先に漫画で「予習」していたので、心の準備もできました。まさに受験生の親の必読書だといえるでしょう。
難題への挑戦を楽しめる大人になる
私は娘の受験を経て、受験のいいところに改めて気が付きました。受験勉強を通して、思いっきり頭を使って「新しいことを学ぶ興奮」や「解けたときの嬉しさ」を体験し、勉強に挑戦する習慣を身につけることは、その子にとっての財産になります。また、それは、大人になってからの「仕事を楽しむ」ことにもつながるのではないかと思うのです。
たとえば、マーケティングに関わるチームは、しばしば「これは解けそうもない」という問題に直面します。しかも毎回、お題が違う。でもそんな難題に対して、
「これ、めっちゃ難しいじゃないですか」
「このお題は、そもそも問い自体が間違ってるんじゃないかなあ」
などと言いながらも、みんな嬉々としてそれに取り組んでいる。それは、課題そのものから考え、いろいろな解法やアプローチ方法を編み出し、難しいことに挑戦してやり遂げる、という「興奮感」が原動力になっているのではないかと思います。
いまは「ジョブ型雇用が主流になると雇用が不安定になる」などと言われていますが、こんなふうに仕事に興奮できるようになると、むしろ「ほかの会社に行ったら行ったで、今まで取り組んだことがないような新しいお題に挑戦できる!」とワクワクするようになる。
『二月の勝者』は、中学受験をテーマとした作品でありながら、大人になってからも、新しいことにチャレンジする興奮感やワクワク感がいかに大切かを思い起こさせてくれる作品なのです。