中国では共産党の歴史に関する場所をめぐる「レッドツーリズム」が3兆円以上の巨大市場になっている。近現代史研究者の辻田真佐憲さんは「ひとは小難しい理屈よりも、楽しさを好む。中国政府が力を入れるレッドツーリズムは、『一党独裁体制は正しい』というプロパガンダとして大成功している」という――。
※本稿は、辻田真佐憲『超空気支配社会』(文春新書)の一部を再編集したものです。
年間で7億人以上を動員する「レッドツーリズム」
共産党の歴史に関する場所をめぐり、革命史や革命精神を学習・追慕する旅行は、現在中国で「レッドツーリズム(紅色旅遊)」と呼ばれている。2004年12月に中国政府によって打ち出され、全国12の重点観光エリア、同30の優良観光ルートなどが指定された。
こうしたレッドツーリズムは年々盛り上がりを見せ、直近の発展計画によると、15年だけで参加者総数は7億人を突破し、総合収入は2000億元(約3兆6000億円)を越える予定だという。いまや観光は、中国のプロパガンダの重要な一端を担っているのである。
日本では、プロパガンダなど過去の遺物だと思われている。だが、過激派組織「イスラム国」が巧みに編集した動画を通じてテロリストを募っているように、また北朝鮮の女性ユニット「モランボン楽団」が金正恩を讃える歌をつぎつぎに発表しているように、プロパガンダは世界でいまだ現役である。
そのなかでも、中国は世界有数のプロパガンダ大国である。これほど膨大な予算を投じ、さまざまなメディアを通じて、「一党独裁体制は正しい」と湯水のように垂れ流している国はほかにないからだ。
私はプロパガンダの国際比較を研究しており、これまでもオーストリアにあるヒトラーの生家や、北朝鮮にある金日成の生家などを訪ね歩いてきた。現地に行ってはじめてわかったことは数知れない。そこで今回も、中国のレッドツーリズムに参加し、その実態を探ろうと考えたのである。