田舎町のど真ん中に建てられた「抗日テーマパーク」

なぜ観光と思うかもしれない。だが、観光こそプロパガンダと密接に結びついてきた歴史がある。五感を刺激する観光は、ポスターやスローガンなどよりも効果的な宣伝手段だからだ。

ナチ・ドイツは、さまざまな社会階層のひとびとを一緒に旅行させ、「一つの民族」という意識を作り出そうとしたし、また日中戦争下の日本は、建国神話の「聖地」を観光させ、国威発揚こくいはつようにつなげようとした。こうした例は枚挙にいとまがない。

中国のレッドツーリズムも、馬鹿げた個人崇拝などと笑うのではなく、歴史的な文脈のなかで読み解かなければならない。

では、中国はほかにどのような形でプロパガンダと観光を融合させているのだろうか。その解明を進めるため、私はさらなる奥地へと足を踏み入れた。

延安から電車に乗って東進すること約6時間。山西省の省都・太原で高速バスに乗り換え、さらに南下すること約2時間。樹木も人家もまばらな黄土高原のなかに、突如として八路軍(人民解放軍の前身となった中国共産党の軍隊)兵士の巨大な単立像が現れる。

日本軍の戦車を攻撃する八路軍兵士の像。抗日テーマパーク「八路軍文化園」にて
著者撮影
日本軍の戦車を攻撃する八路軍兵士の像。抗日テーマパーク「八路軍文化園」にて

最寄りのインターチェンジを降りれば、「紅色文化を継承しよう」や「全国第一のレッドツーリズム・ブランドを目指そう」などのスローガンがあふれる。そこが長治市武郷県だ。

人口は約20万だが、中国では完全に田舎町。建物は低く、道はガラガラ。あまりにのんびりと動くひとと車に時間感覚が狂いそうになる。その町のど真んなかに、八路軍をテーマにした抗日テーマパーク「八路軍文化園」が存在する。

入場ゲートで鳴り響く「抗日ソング」

日中戦争の時期に八路軍の拠点だったこの地域は、いまレッドツーリズムに活路を見出そうとしている。山奥で産業に乏しいため、「八路軍の故郷」というブランドにすがろうというのである。

八路軍文化園はその目玉施設として2011年に正式オープンした。体験型テーマパークで、遊んで育てる「抗日」。これこそ同園最大の特徴だ。現在、武郷県当局傘下の国有企業によって運営されている。

入場ゲートに近づくと、そこはまるで別世界。いまにも動き出しそうな八路軍の群像に圧倒される。そしてスピーカーから鳴り響く軍歌が耳朶じだを打つ。「日本の強盗がいかに凶暴でも、われらの兄弟は勇敢に立ち向かう──」。当時よく歌われた「遊撃隊の歌」だ。

筆者が思わず歌のタイトルをつぶやくと、1986年生まれの中国人通訳は「この歌、歌えますよ。学校で教わりましたから。それにしてもよくご存知で」と応じた。時期によって異なるが、入場料は通常72元(約1300円)。レッドツーリズムの施設は原則無料なので、やや高め。

とはいえ、見どころは多い。広大な敷地はいくつかのエリアに分かれているが、まず目につくのが「八路村」。瓦をいた、濃い鼠色のレンガの家々が密集する。ここは八路軍時代の町並みを驚くほど忠実に再現したエリアだ。

身近な例を引けば、ここは東京ディズニーランドのワールドバザール。ショップやレストランが立ち並ぶあのアーケード街も、創業者ウォルト・ディズニーが子供時代に過ごしたミズーリ州マーセリンの町並みを再現したといわれる。もしかすると、「八路村」はそのひそみにならったのかもしれない。