だが、すべては「未来にわたる自社の繁栄」という大きなストーリーのなかの一部だ。社長の努力があるからこそ、渡すべき事業ができあがっている。社長であれば、自信を持って立ち去りの美学を追究してほしい。花は散り際こそ美しい。社長の生き様も同じであってほしい。
後継者も先代の心情に寄り添うべき
後継者からは「父は経営が好きで、いつまでもバトンを託してくれない」という相談を受けることがある。たしかに経営が好きということもあるだろうが、実際には「社長という立場を失った後の自分がわからない」という不安こそ大きいものだ。
後継者として先代を尊重するとは、こういった先代の不安に寄り添うことではないかと事業承継を目にしながら日々感じる。何かに執着することは、人間にとっての苦しみのはじまりである。苦しみから逃れる術がわからず、もだえている社長は少なくない。
先代と後継者の感情的な軋轢は、そういった「先代の本音についての理解不足」というところも多分にある。結局のところ、家族といえども、他人の心のうちは誰にもわかりはしない。
後継者が「先代はこう感じているはずだ」と考えても、たいていは明後日の方向だったりするものだ。大事なことは「先代の心情を理解している」という自信ではなく、「先代の心情を理解しよう」とする行動だ。そういった行動の積み重ねが、先代から後継者への信用につながっていくものと言える。
退任時期を宣言することの3つのメリット
一般的に言われることだが、仕事は取りかかれば半分終わったようなものだ。取りかかるまでに時間がかかる。これは事業承継にも通じるものがある。
「事業承継をどのように展開していこうか」「相続対策をどのようにするべきか」と思案して、セミナーに参加したり、本を読んで学んだりする社長は多い。だが、いくら知識を手に入れたとしても、具体的に取りかからなければ、何も変わらない。むしろ悩みが増えるだけだ。
事業承継は、重大でありつつも、緊急の対応を求められるものではないため、後手になってしまう。社長の判断に任せていたら、いつまでも動き出さず、周囲をやきもきさせることになる。事業承継を進めるためには、自分をそうせざるを得ない環境に置く必要がある。
もっとも効果的な方法は「自分が退任する時期を周囲に宣言する」ことだ。周囲に宣言することには、次の3つの効果がある。
① 外部に表明したために、動き出さざるを得ない
ビジネスにおいては、あらゆるものに期限がある。期限があるからこそ、「なんとかしなければならない」という意識になって、プロジェクトを終えることができる。事業承継には、明確な期限がない。そのため、いつまでも手つかずになってしまう。社長自ら引退する時期を公表し、期限とするべきだ。