※本稿は、島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
「社長の椅子を手放してくれない」
自社の将来の繁栄は、社長の椅子を後継者に託すことでしか実現できない。社長であれば、難しい説明をするまでもなく、本能的に事業承継の重要性を理解している。
されども、社長の椅子をなかなか渡すことができない。後継者をはじめ、周囲の者から代替わりについてやんわりアドバイスを受けても、いぶかしく感じる。「まだ後継者が育っていない」「大変な時期だから」と事業承継ができない理由をひたすら列挙するものの、いずれも本質的なものではない。
事業承継に関しては、「(現社長が)社長の椅子を手放してくれない」という後継者からの相談が圧倒的に多い。これはもはや法律論ではない。もちろん自社株の保有率によっては、現社長を解任することができる場合もあるかもしれない。だが、一方的に現社長を解任すれば、親子関係の断絶は目に見えている。
しかも後継者には「あいつは自分の親を排斥して乗っ取りをした」という風評が広がってしまう。これではこれからの取引においても、悪影響を及ぼしかねない。
いくらグローバル社会やネット販売が叫ばれていても、圧倒的多数の中小企業は、特定の地域に根ざした事業を展開している。地元の金融機関、地元出身の社員、地元の取引先など、地域を離れた事業というのはイメージしにくい。
事業と地域が密接に関わっているがゆえに、事業承継の失敗は、噂としてあっという間に広がることになる。「あそこは兄弟を会社に入れたからもめた」「社長の相続でもめているらしい」などの話を耳にしたこともあるだろう。
「そんな風評なんて気にしない」という社長もいるかもしれないが、それほど簡単な話ではない。本人はよくても、家族としては、世間体を気にして生きづらくなることもある。
世間の評判を気にして代替わりを躊躇する経営者
あるいは世間からの評価を意識するばかりに、合理的な判断ができなくなった社長もいる。世間体を気にするあまり、課題に対して毅然とした対応をすることができないということだ。
こういった傾向は、幼稚園など教育関係の事業において目立つ。
社会において「先生」と言われる立場は、周囲からの信頼の下で成立している。そのため、周囲からの評判を過度に意識してしまい、事業や家庭の問題が外部に知られることを極度に恐れ、何もできないというケースが少なくない。そのため、労働事件も起きやすい。
弁護士としてアドバイスをしても、「それはわかります。でも周囲からの評判が」と言って、受け入れてもらえないことが珍しくない。