経営者には定年はない。それでは経営者は何歳で後進に道を譲るべきなのか。数多くの事業承継に携わってきた弁護士の島田直行さんは、「経営者は65歳で引退したほうがいい。事業承継は『早い』という印象を受けるくらいがちょうどいい」という――。

※本稿は、島田直行『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

契約成立で握手するビジネスマン
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「社長の椅子を手放してくれない」

自社の将来の繁栄は、社長の椅子を後継者に託すことでしか実現できない。社長であれば、難しい説明をするまでもなく、本能的に事業承継の重要性を理解している。

されども、社長の椅子をなかなか渡すことができない。後継者をはじめ、周囲の者から代替わりについてやんわりアドバイスを受けても、いぶかしく感じる。「まだ後継者が育っていない」「大変な時期だから」と事業承継ができない理由をひたすら列挙するものの、いずれも本質的なものではない。

事業承継に関しては、「(現社長が)社長の椅子を手放してくれない」という後継者からの相談が圧倒的に多い。これはもはや法律論ではない。もちろん自社株の保有率によっては、現社長を解任することができる場合もあるかもしれない。だが、一方的に現社長を解任すれば、親子関係の断絶は目に見えている。

しかも後継者には「あいつは自分の親を排斥して乗っ取りをした」という風評が広がってしまう。これではこれからの取引においても、悪影響を及ぼしかねない。

いくらグローバル社会やネット販売が叫ばれていても、圧倒的多数の中小企業は、特定の地域に根ざした事業を展開している。地元の金融機関、地元出身の社員、地元の取引先など、地域を離れた事業というのはイメージしにくい。

事業と地域が密接に関わっているがゆえに、事業承継の失敗は、噂としてあっという間に広がることになる。「あそこは兄弟を会社に入れたからもめた」「社長の相続でもめているらしい」などの話を耳にしたこともあるだろう。

「そんな風評なんて気にしない」という社長もいるかもしれないが、それほど簡単な話ではない。本人はよくても、家族としては、世間体を気にして生きづらくなることもある。

世間の評判を気にして代替わりを躊躇する経営者

あるいは世間からの評価を意識するばかりに、合理的な判断ができなくなった社長もいる。世間体を気にするあまり、課題に対して毅然きぜんとした対応をすることができないということだ。

こういった傾向は、幼稚園など教育関係の事業において目立つ。

社会において「先生」と言われる立場は、周囲からの信頼の下で成立している。そのため、周囲からの評判を過度に意識してしまい、事業や家庭の問題が外部に知られることを極度に恐れ、何もできないというケースが少なくない。そのため、労働事件も起きやすい。

弁護士としてアドバイスをしても、「それはわかります。でも周囲からの評判が」と言って、受け入れてもらえないことが珍しくない。