※本稿は、坂本貴志『統計で考える働き方の未来 高齢者が働き続ける国へ』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
高齢者は高い就業意欲を持つのか
まずは、次の引用をお読みいただきたい。2019年10月の安倍首相(当時)の所信表明演説である。
65歳を超えて働きたい。8割の方がそう願っておられます。高齢者の皆さんの雇用は、この6年間で新たに250万人増えました。その豊富な経験や知恵は、日本社会の大きな財産です。
意欲ある高齢者の皆さんに70歳までの就業機会を確保します。年金、医療、介護、労働など社会保障全般にわたって、人生100年時代を見据えた改革を果断に進めます。
(2019年10月4日、衆議院本会議における安倍首相の所信表明演説)
生涯現役、人づくり革命、人生100年時代、一億総活躍時代。働き続けることを良しとする世の中の風潮は近年急速に強まっている。
政府からのメッセージは実にわかりやすい。歳をとっても働くことはすばらしいことだから、そのための環境づくりを進めるというのだ。政府によれば、日本国民の8割が65歳を超えても働きたいと願っているのだという。
仮に、日本国民の大多数が継続雇用の下限年齢である65歳を過ぎても働きたいというのであれば、歳を取っても働きたいという国民の願いを叶えることは政府の大きな使命であるといえる。そして、実際にその前提のもとで高齢者が働ける環境の整備が着々と進められてきている。
「70歳までの就業確保措置」が企業に迫りつつある
高年齢者雇用安定法(高齢法)において、過去55歳だった定年年齢の下限は60歳まで引き延ばされている。さらに同法によって企業は再雇用制度等の整備を求められている。定年延長や再雇用などの継続雇用制度の導入によって、企業は原則として65歳までの労働者を雇用することが義務付けられているのである。
今般、政府はこの取組をさらに一歩進め、70歳まで働ける環境を整備しようとしている。2020年3月には高齢法が改正され、改正後の高齢法第10条の2には、「定年の定めをしている事業主又は継続雇用制度を導入している事業主は、その雇用する高年齢者について、次に掲げる措置を講ずることにより、六十五歳から七十歳までの安定した雇用を確保するよう努めなければならない」と定められた。
同条の規定は、70歳までの就業確保措置を企業に迫るものとなっているのである。現状、この規定はあくまで企業の努力義務規定にとどまっており、その採否は個々の企業の意思にゆだねられている。しかし、最初に努力義務規定から入って後に義務規定に昇格させる手法は、立法政策上の常套手段だ。