時間を逆行する弾丸
わかりやすい兵器として主人公と視聴者の前に示されるのは、時間を逆行する弾丸。銃の引き金を引いて撃つと弾が飛んでいくのではなく、弾が標的から銃に戻っていく。不気味なのは未来の人類がそれをこちらの世界に送ってよこした、ということ。そしてどうやら未来の人類が祖先にあたるこちらの時代の人々を敵視しているようだ、ということ。主人公が乏しい手掛かりの中で「テネット」という合言葉を口にしつつ情報を探るうち、未来から人も物も大量に移動している実態が次第に明らかになる。そして、現代人である武器商人が未来との取引で利益を得、カギを握っていることも。
SFであっても、人々が恐れるのはやはり人間、そして不確実性だ。未来の人類がどのような人々なのか、主人公も彼を助ける仲間のニール(ロバート・パティンソン)も知らない。物語が進むうち、自分よりも少し先の未来あるいは敵の実態を知っていると思われたインドの武器商人の黒幕、プリヤ(ディンプル・カパディア)も、主人公より少し多く知っているにすぎない、ということが見えてくる。
不確実性の恐ろしさは、敵の正体が見えないこと、敵がいつどこに現れるかわからないこと、その意図が理解できないことに象徴される。未来の敵は、時間を遡って現れる。まさに銃弾が戻ってきて弾倉に収まるように、時間を逆行して物事が動く。
この作品の難解なところは、逆行という概念。とりわけ、逆行してくる未来の人・モノと普通に進む現在の人・モノが同一現場で同時進行するところにある。その人物がどの時点での人物なのかがわからないので、観客は混乱する。命を落としてしまえばその人の未来はなくなるが、そうでない限り幾度でも時間を逆行して未来から現れることができる。したがって、最終兵器を守り続け、隠し通すことが現代の人々のミッションとなる。
映画の終わりに見えてくるのは、テネットの秘密組織ができた背景とその真の創設人物だ。ネタバレは避けなければ、ということで、どうぞご自身で映画館へ。