自閉症の子どもは津軽弁を話さない。そんな妻の一言をきっかけに、心理学者の松本敏治氏はことばと心の謎の解明に乗り出した。松本氏は「最初は軽い気持ちで調べていたが、本にまとめるまで十数年がかかった。現場の人々の経験や感覚に目を向けることの大切さを痛感した」という――。
「ことばと心の謎」に迫る研究のきっかけ
ある日、町の乳幼児健診から帰ってきた心理士の妻が、ビールを飲みながら「自閉症の子どもって津軽弁しゃべんねっきゃ(話さないよねぇ)」と言ってきました。
障害児心理を研究する私は、「それは自閉症(自閉スペクトラム症:ASD)の独特の話し方のせいだよ」と初めは静かに説明してやりました。しかし妻は、話し方とかではなく方言を話さないのだと譲りません。
やり取りするうちに喧嘩になり2、3日は口を利いてくれませんでした。こちらも長年、その道の研究職であるつもりでしたから、たとえ妻でもこんな意見は聞き捨てならず引くに引けません。
「じゃあ、ちゃんと調べてやる」
これが思いがけずその後十数年にもわたる「ことばと心の謎」に迫る研究のきっかけだったのです。
私は軽い気持ちで、知り合いの特別支援学校の先生方にこの話をしてみました。するとなんと妻の発言を支持する意見ばかりが寄せられます。私の専門家としての自信が少し揺らぎました。それならと本格的に専門家たる手法を使って調査を行うことにしました。