なぜ、病院の元研修生が無償ボランティアの「よろず屋」をするのか

元研修生の中には、いわゆる「よろず屋」として活動する学生もいる。同じく三重大学医学部2年生の渡部裕斗さんだ。渡部さんは高校2年生の時に、志摩市民病院の病院研修に参加した。

その際、志摩市にある離島、間崎島に住むある患者と出会った。

患者から「島には医師がいないから不安だ」という話を聞いて、実習のあとに心臓マッサージの仕方を教えに島を訪れた。間崎島は人口60人で高齢化率が90%。毎年10人ずつ亡くなっていて、あと数年で住民がゼロになる限界集落だ。その現実を目の当たりにし、「間崎島の人を放っておけない」と、三重大学医学部に進学。以来、時間がある時には、間崎島に行き、自分ができることをして過ごしている。

「お年寄りが多いので、芝刈りができなかったり、電球が切れても交換できなかったりして大変なんです。だから、夏休みには僕が島に住み込みこんで、頼まれたことをいろいろお手伝いしました。島民の方と一緒に夕飯を食べていた時に『こんなに楽しい食事は久しぶり。生きていてよかった』と言ってもらえた。僕も自分が役立てたことが嬉しかったです」(渡部さん)

撮影=堀 隆弘
志摩市のために活動する医学生や医療関係者と江角医師(中央下)。

江角さんは渡部さんのボランティア活動を高く評価している。

「島の人は皆、高齢だからほとんど外出をしません。誰も訪ねてくることのない家で、何カ月も人と話すことなく暮らしています。それは僕らには想像できないほど絶望的な孤独なんです。島民の方たちは、自分たちは見捨てられた人間だと思って生きています。そこに悠斗は来てくれた。本当に感動しました」

なぜ医学生は「ライフセーバー」をタダでやっているのか

海浜地域で救護所を立ち上げている学生たちもいる。3㎞にもわたる砂浜が美しい病院近くの「阿児の松原海水浴場」では、三重大学の学生らがボランティアで海水浴客やサーファーなどの見守りをしているのだ。

「毎年、海水浴場ではケガ人が出たり、事故が起こる。監視員の人手がないために、呼ぶ必要がない救急車出動が頻繁に起こり、救急車が足りなくなるという問題がありました。そこで学生たちが自分たちでできることはないかと立ち上がったのです。監視所で監視員をやりながら、海岸でけが人が出たら、自転車で急行し、状況を確認してから適切な医療機関へつなぐ役目です。駐車場を管理している方からも、『学生が必要に応じて医療機関につないでくれるので、安心だ』と評価をいただいているようです」

病院の外を出て、志摩市全体に及ぶ江角さんや学生たちの活動。医師や研修生たちがそこまでやる必要があるのかと思うが、江角さんは言う。

「病院で患者さんの病気を治しても、退院して暮らす地域に安心や活気がなかったら、帰ったあとに元気に過ごすことはできません。世界保健機構が掲げる健康の定義は、病気でないということだけではなく、肉体的にも、精神的にも、社会的にも満たされた状態にあること。医師として目の前の人を健康にしたい、幸せにしたいと思ったら、こうした活動は不可欠なんです」

江角さんは地元の県立志摩高校の学校活動にも関わって、志摩市に足りない観光や医療看護を担うキャリア教育を行っている。さらに医療ツーリズムにも参入し、地元に外国人を中心とする観光客を増やせるように取り組んでいる。