私が勧めているのは全額ではなく一部繰り上げ返済。イメージとしては、退職金を使って、残高の半分程度を返済する。仮に2000万円のローン残高があるなら1000万円分を退職金等で返済するわけだ。また、一部繰り上げ返済では「返済額軽減型」を利用する。

住宅ローンの一部繰り上げ返済には、返済期間を短くする「期間短縮型」と毎月の返済額を減らす「返済額軽減型」がある。期間短縮型のほうが利息負担を減らす効果は高いが、これから老後生活を迎える人には向かない。繰り上げ返済をしても手元の貯金が減るだけで毎月の返済額は変わらないからだ。つまり企業経営でいう「資金繰り」が悪化する。それに対して、返済額軽減型を利用して残高を半分にすれば、貯金は減るが毎月の返済額も半額程度になる。これなら定年後に収入が減っても、資金繰りの悪化は抑えられる。

たとえば、35歳のときに35年返済で5000万円の住宅ローンを金利1.2%で組むと、毎月の返済額は約14万6000円になる(ボーナス返済なし)(図2)。完済できるのは70歳で、60歳時点では約1648万円が残っている計算。退職金を用いて返済額軽減型で800万円を一部繰り上げ返済すると、毎月の返済額は約7万5000円まで下がる。退職金の一部を手元に残しつつ毎月の返済額も大幅に減らすことが可能で、安心感も大きい。

マイホームは職場に30分程度で通える場所に

もっと安い家を買うべきとアドバイスするFPもいるが、定年時に多額の住宅ローンが残ってしまうのは、働き方の変化も影響している。以前は郊外に居を構え、片道1時間程度をかけて通勤するのは当たり前だった。しかし、共働きが一般的な今、子どもの送り迎えや家事を考えると、夫婦ともに通勤で片道1時間かけるのは難しい。そこで「マイホームは職場に30分程度で通える場所に」となるわけだ。

片道1時間の場所と30分の場所では、不動産の価格に大きな差がある。不動産経済研究所の「首都圏マンション市場動向」(19年上半期)によると、東京23区の新築マンションの平均価格は7644万円。18年の上半期は7059万円だったから、1年で600万円近く上昇していることになる。購入者のニーズが都市部に集まっている証拠ともいえる。

筆者がFPとして開業した2012年ごろは、まだ都内の高額な家を買う人でも「ローンの上限は5000万円程度」という心理的な壁があった。5000万円を金利1.2%、返済期間35年で借りると、前述のように毎月の返済額は約14万6000円となる。賃貸マンションを都内で借りればそれくらいの家賃になることは決して珍しくない。