インフォグラフィックスとは「インフォメーション」と「グラフィックス」の合成語で、目に見えない情報をイラストや図版など見える形にして伝える技術である。ニュースデザイン協会の国際審査員を務めた著者は、この分野の第一人者で長野オリンピックの公式ガイドブックなども作成した。
図版は言葉に頼らずに誰にでも理解してもらえる共通言語である。インフォグラフィックスは、素人へ向けて必要な情報を伝えることを目的とする。つまり、人とのコミュニケーションを意識し、相手の視点から見た「理解しやすさ」を追求するのだ。
本書が優れているのは、思考のプロセスが丁寧に描かれる点にある。たとえば、「モーグルは激しい起伏をリズミカルに滑り降り、エアリアルは空中でひねりを加え華麗に回転しながら舞い降りる。その様子を、ひらりと風で動いているリボンのように、表裏がみえる立体の矢印で表現した」(32ページ)と目に浮かぶような記述がある。
図版の明快さは、評者の専門である火山学でもレポートのよし悪しを判断する基準となっている。科学論文では、自分が発見した事実や概念を図版で具体的に説明しなければならない。よい図版を作るには、伝えたいことを十分に咀嚼することから始める。そのうえで、初めて読む読者にわかりやすく的確な情報を与える技術が必要となる。私などは論文の図版を見れば、著者の能力の見当がつく。
さて、本書は発想途中のスケッチやデザイン案を紹介しながら、「なぜこの表現になるのか」という疑問にも答える。作品ができあがる過程では様々なアイデアが浮かび、作り、壊し、また作り直すという試行錯誤があったはずだ。こうしたプロセスをビジュアル化しようと、著者は長年工夫を重ねてきた。
たとえば、新幹線にはスピードアップへの至上命令が絶えず課せられている。これを実現する技術者の苦労は計り知れないのだが、それとはうらはらに40年間で加速されたのは時速80キロメートルだ。この数字を強く印象づけるために、「棒グラフでは、スピード感を表現することは難しい。そこで(中略)遠近法で、奥から手前に近づいてくる動きを表現すれば、スピードを強烈に印象づけることができる」(125ページ)と工夫した。このように貴重な情報の存在に気づかせる視覚的技法が面白い。
本書は評者のライフワークである「科学をいかに伝えるか」とも大いに関係する。すなわち、相手のフレームワーク(価値観)を意識して人と人を快適につなぐコミュニケーションのテクニックが、本書には満載だ。
効果的な図版の作り方だけでなく、プレゼンテーションの基本、さらにコミュニケーションそのものに関するヒントが得られ、オリジナルなアイデアを伝える際に必携の書であろう。デザイン関係者のみならず広くビジネスパーソンに活用していただきたい好著である。