アリストテレスは、著書の中で、「相手の心を動かす話し方をするにはどうしたらよいか」について書いている。
その論考の鋭さにも驚くが、伝えること、わかり合うことの重要性、難しさが古今東西変わらないことは、さらに印象的だ。
本書は、「組織におけるコミュニケーションをいかに活性化し、生産性を上げるか」という古くて新しいテーマに焦点を当てた入門書である。
著者は組織論、ビジネス実務論などを専攻する研究者だが、学問領域にとらわれず、現場感覚に徹している。実際にビジネス現場でみられる様々なコミュニケーション上の問題、あるいは組織の問題を分析し、その処方箋を提示している。現場志向が本書の第一の特徴である。
「言葉と意味の関係は?」「文化と文明の違いは?」「集団における凝集性とは?」、一度は聞いたことがあるような、基本的な事項を、流さず丁寧に解説しているところも特徴的である。曖昧な知識の再確認になったり、普段の自分の行動が理論的に意味づけられたりして、腑に落ちる点が少なくないだろう。
気の利いたコラムも面白いが、最大のオリジナリティは、読者に語りかけ、考えることを求めている点だ。「あなた自身、どのような集団に所属していますか? なぜ所属しているのですか? その要因を考えてみましょう」。終始優しい語り口の中で、突然このように突きつけられるとドキッとくる。「本読んで、フムフムと納得しただけじゃ、何も変わらないよ!」と挑発されているかのようだ。
この問いかけを徹底した演習課題、考える助けになるテンプレートも用意されている。「課題の答えはどこ?」と一瞬思ったが、WEBサイトから解答例をダウンロードするやり方が案内されていた。この方式は大学のテキストとしては一般的だが、ビジネス書では、まだ珍しいかもしれない。教育者としても名高い著者は、読者をトレーニングしたくてしかたがないようだ。
本書は組織コミュニケーションについて、特に目新しい知見を提示しているわけではない。
「組織を動かす」というタイトルにつられて管理職が読むとやや物足りないかもしれない。経営学、社会学、社会心理学等の定説を上手に整理し、独自のアレンジでわかりやすく編んでいるところに価値があると思う。社会人1~5年目ぐらいの若手には特にお勧めの一冊だ。表面的な情報交換だけの異業種交流会などより、このテキストで勉強会をやったら面白いだろう。
教え子の学生たちにも読ませたい。学生時代にコミュケーションの重要性に本当の意味で気づけたら、大きなアドバンテージだ。でも、このテーマであまり苦労せず、関心も薄い彼らは、強制しないと読まないだろうなあ。何しろ、うまくコミュニケーションできない相手とはそもそも付き合わない。これが学生の最大の特権だから!